電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第561回

「究極の蓄電池」リチウム空気電池の実用化はいつか


課題残すも有力技術相次いで報告

2024/7/19

 携帯機器(スマホ、タブレットなど)、エネルギー貯蔵システム、電気自動車(EV)、ロボット、ドローンなどに採用され、今や生活必需品になった蓄電池。その世界市場規模はすでに15兆円を超え、今後もさらなる拡大が見込まれる。一方、スマホの待ち受け時間延長、EVやドローンの航続距離延伸などに向けて蓄電池の高エネルギー密度化が求められている。

 既存のリチウムイオン電池(LiB)の進展も著しく、かつては250Wh/kg(重量エネルギー密度)が限界とされていたが、すでに300Wh/kgを超えている。一方で、そのLiBの10倍以上のエネルギー密度を実現するといわれるリチウム空気電池にも期待が集まる。「究極の蓄電池」とされるリチウム空気電池についてまとめた。

最も難易度の高い技術

 リチウム空気電池は正極(正極活物質)に空気中の酸素、負極(負極活物質)にリチウム金属を用いた蓄電池。次世代蓄電池の中では最も理論エネルギー密度が高いと期待されている。

 その理由は第一にリチウム金属を採用している点。リチウムは電極電位が最も低く、かつ最も軽量。LiBは黒鉛内にリチウムを内蔵し、その比率は高くないが、リチウム金属では100%となる。一方、正極の酸素を電池内に保持する必要がない。

 こうした負極活物質と正極活物質を組み合わせたリチウム空気電池は最も理想的であることから「究極の蓄電池」と言われる。その理論重量エネルギー密度は4000Wh/kg以上で、これはLiBの10倍以上だ。実用化されれば、EV、ドローンのみならず、飛行機や空飛ぶクルマを含むエアモビリティ、潜水艦など、あらゆる乗り物に搭載できると期待されている。

 充放電メカニズムはLiB同様の酸化還元反応。放電時に負極から正極、充電時に正極から負極に移行することで電子を運ぶ。具体的には放電反応では負極の金属リチウムがリチウムイオンとして溶解し、それが正極側で酸素と反応して過酸化リチウムや超酸化リチウムとして析出する。これに対し、充電反応は正極の過酸化リチウムや超酸化リチウムがリチウムと酸素に分解し、負極にリチウムが析出する。

 一方、リチウム空気電池は従来の蓄電池と異なり、正極側と負極側で異なる電解質を用いるため、最も難易度の高い技術とされる。具体的には、正極側に水系電解液、負極側に有機電解液を採用し、かつこれらは混合させてはいけない。正極反応に適した電解液は負極反応に適さず、逆に負極反応に適した電解液は正極反応に適さないためだ。

 そのため、正極側と負極側を隔てるセパレーターに従来の微多孔膜を使用できない。代わりにリチウムイオンが「ホッピング現象」により伝導する、無孔膜を使う。また、電解液の代わりに固体電解質を用い、全固体リチウム空気電池とするアプローチもある。

最大のハードルはサイクル回数

 こうしたリチウム空気電池の実用化に向けた最大のハードルは何と言ってもサイクル回数が伸びないことだ。LiBも含めて一般的な蓄電池のサイクル回数は1000回以上だが、リチウム空気電池は一部の報告を除いて100回程度だ。その理由は充放電反応により正極、負極、電解液のすべてで劣化が進むため。

 まず、放電反応では先述のように負極から金属リチウムが溶け出し、正極で酸素と反応することで過酸化リチウムや超酸化リチウムが析出するが、問題はこれらが分解しづらいことだ。そのため充電電圧が高まり、エネルギー効率(放電電圧と充電電圧の差)が低くなる。

 他方、充電反応では過酸化リチウムと超酸化リチウムが酸素とリチウムに分解し、負極にリチウム金属が析出するが、その際にリチウム金属がデンドライト状(樹枝状)となり、寿命を著しく低下させる。仮にこのデンドライトが成長してセパレーターを突き破り、正極と負極が短絡すると安全性を低下させる懸念もあり、最悪、発火事故につながる。

 また、正極では空気中の酸素を貯める機構としてカーボン材料(カーボンブラック、活性炭、カーボンナノチューブ、グラフェンなど)が用いられるが、カーボン正極は充放電の過酸化リチウムや超酸化リチウムの析出・分解の際に酸化剤として機能し、劣化を促進させる。

有力技術が続々、実用化も視野?

 以上、正極側と負極側で異なる電解液を用いることを含め、数々の課題を抱えるリチウム空気電池だが、ここ数年、様々な有力技術が報告されている(表参照)。例えば、東北大学らの研究グループは、同大西原洋知教授が開発した「グラフェンメソスポンジ(GMS)」を正極に活用し、従来のカーボン正極を上回る高容量化と高サイクル回数を実現した。GMSが過酸化リチウムや超酸化リチウムの析出場所であるナノ細孔を大量に有するほか、酸化耐性が高いためと説明している。


東レの「空気電池用イオン伝導ポリマー膜」
東レの「空気電池用イオン伝導ポリマー膜」
 東レは無孔ながらホッピング伝導が可能な「空気電池用イオン伝導ポリマー膜」を開発している。高伝導度化設計により、イオン伝導度10-4S/cm台を達成し、リチウム空気電池の高出力化に寄与する。サイクル回数は100回を確認している。また、このポリマー膜は負極のデンドライト成長を抑制する効果も発揮するとしている。


 アルゴンヌ国立研究所やイリノイ工科大学の研究グループは、ナノ粒子によるセラミック高分子材料で構成される固体電解質を採用し、エネルギー密度でLiB比4倍、サイクル回数で1000回を実現した。エネルギー密度においては、酸素分子あたりに蓄積される電子数の増加で実現したと説明。具体的には、放電時の過酸化リチウムや超酸化リチウムの1酸素分子あたりに蓄積される電子数が1~2個にとどまるのに対し、この固体電解質により同4個に高めたためとしている。

 リチウム空気電池は、世界中の企業、大学・研究機関で研究開発が行われている有力な次世代蓄電池。実用化は不可能とする技術者もいるが、近年の成果をみると決してそうではないと考えられる。ただし、実用化に向けては安全性を含めて払拭すべき課題は多い。


電子デバイス産業新聞 編集部 記者 東 哲也

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