電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第552回

人型ロボットの社会実装が迫る


自動車メーカーなどで検証が進む

2024/5/17

 人型ロボットの市場が早期に動き出す可能性が出てきた。米国や中国を中心に人型ロボットに関するアナウンスが増えており、社会実装や本格的な市場形成に向けた動きが加速しつつある。

 人型ロボットの開発で注目度が高いのは、2022年に人型ロボット「Optimus」(オプティマス)の試作機を公開したテスラ。直近の決算説明会のなかでもOptimusについて言及しており、イーロン・マスクCEOは24年内に工場内作業で活用できるとの見通しを示し、「25年末までには外部販売できるかもしれない」と述べた。

アプトロニックの人型ロボット「アポロ」
アプトロニックの人型ロボット「アポロ」
 自動車メーカーでは、メルセデス・ベンツが、人型ロボットを開発するアプトロニック(Apptronik)と商業契約を3月に締結した。この契約の一環として、アプトロニックの人型ロボット「アポロ」(Apollo)がメルセデス・ベンツの製造施設で試験導入されている。メルセデス・ベンツにとっても人型ロボットを活用する初の取り組みで、メルセデス・ベンツは、製造現場における工程内搬送の領域で活用することを検討しており、組立部品の搬送・検査のほか、組み立てたユニットなどを搬送する作業にも活用する予定。人型ロボットを活用することで作業員向けに設計されたスペースでも安定してパフォーマンスを発揮することができるとみている。

 同じ自動車関連ではBMWの製造グループ会社であるBMWマニュファクチャリングが、人型自律ロボットの開発を進めるフィギュア(Figure、米カリフォルニア州)と商用契約を1月に締結し、汎用の人型ロボットを自動車の生産に活用している。フィギュアの人型ロボットは、製造工程における困難な作業、危険な作業、煩雑な作業を自動化。従業員は自動化できない技能や工程に集中することで、生産効率や安全性の継続的な改善に貢献することを目指している。また、フィギュアとBMWマニュファクチャリングは、自動車製造における人型ロボットの導入にとどまらず、AI、ロボット制御、製造の仮想化、ロボットの統合など、先進技術のトピックを共同で探求する方針を示している。

中国では国家レベルの取り組みに

 自動車分野以外でも、EC大手のアマゾンが、同社の物流施設へアジリティ・ロボティクス(Agility Robotics)の人型ロボット「Digit」を23年に試験導入。Digitは2本の4軸アームを備えた2足歩行ロボットで、高い機動性と箱の運搬などが行える実用性を兼備しており、最大18kg程度の荷物を積み重ねることなどができる。アマゾンの施設では、商品を取り出して空になった通い箱を運搬する作業に用いられていようだ。

 そのほか、中国は、国家レベルで人型ロボットに取り組む方針を示しており、23年11月にロードマップを発表した。ハードウエアとソフトウエアの両面で人型ロボットに必要となる技術の開発を加速し、25年までに人型ロボットの初期システムを確立して、生産することを目標に据えている。また、人型ロボットのグローバル企業を2~3社育成して産業クラスターを形成し、27年をめどに人型ロボットに関するサプライチェーンの構築にも取り組む。

 そんな中国では、UBTECH、Unitree、Fourier Intelligenceといった企業が人型ロボットの開発を進めており、UBTECHは23年12月に香港証券取引所に上場。Unitreeは、中国のフードデリバリー大手である美団などから約10億元(約205億円)の出資を2月に得て、人型ロボットの研究開発、事業開発、人員の拡充などに向けた取り組みを進めている。

OpenAIが人型ロボ企業に出資

 こうした人型ロボット関連の動きが増えている背景として、「生成AIなどをはじめとしたソフトウエアの急激な進化を受けて、人型ロボットのような高性能ハードウエアを活用する道筋が見え始めた」(ロボットベンチャー企業)ことがある。それを示すかのように、生成AI「ChatGPT」の開発で知られるOpenAIが人型ロボット関連の企業と連携を拡大しており、その一環として、2月に前述のフィギュアへ出資。また、OpenAIは、人型ロボットの開発を進める1X(ワンエックス、ノルウェー・モス)にも23年3月に出資した。

 生成AI関連の半導体で急速に売上高が拡大しているエヌビディアも、人型ロボットに着目しており、3月に人型ロボット向け汎用基盤モデル「Project GR00T」を発表した。GR00Tを搭載したロボットは、自然言語を理解し、人間の行動を観察することで動きをエミュレートするように設計されており、現実世界をナビゲートし、適応しつつ、対話するための調整能力、器用さなどのスキルを迅速に学習する。また、GR00Tの発表に合わせて、ロボティクス製品などの自律動作マシンの開発プラットフォーム「Isaac」(アイザック)のアップデートも実施。具体的には、エヌビディアの次世代SoC「Thor」をベースにした人型ロボット用の新しいコンピューター「Jetson Thor」、生成AI基盤モデル、エヌビディアのGPUプログラム開発環境「CUDA」で高速化された知覚および操作ライブラリーなどを提供する。

 調査会社Omdiaによると、ロボティクス分野における生成AIの台頭が後押しし、ロボティクス用AIチップセットの市場規模が28年までに全世界で8億6600万ドルに達すると予測。Omdiaの応用インテリジェンス部門のチーフアナリスト、Lian Jye Su氏は「エヌビディアのGPUがクラウドインフラやロボットに適したAIチップセットアーキテクチャーであることに変わりはありませんが、クアルコム、インテル、AMDといった非GPUベンダーは、マシンビジョン、ナビゲーション、マッピング、機能安全といったオンデバイスのロボティクスアプリケーションをターゲットとしたAIシステムオンチップや専用AIチップセットをリリースしています」とする。そして生成AIの民主化から生じる興味深い現象として、人型ロボットを挙げている。しかし、Omdiaでは「人型ロボットのテクノロジーはまだ発展途上であり、今後5年間で大々的に普及するという事態はおそらく起こらないでしょう」とみている。

 だが、生成AIなどのソフトウエア技術の進化や半導体チップの性能向上などにより、人型ロボットに求められる技術と現状の技術のギャップは確実に小さくなっている。コストに関してもテスラのイーロン・マスクCEOが、大量生産することで自動車よりも低コスト化でき、価格を2万ドル以下にできる可能性があると述べるなど、コストダウンが一気に進む可能性もある。

 そもそも人型ロボットは、大学などでの研究用途やエンターテインメントなどでの活用に限られ、10年先、20年先を見据えた未来の技術という印象が強いものであったが、現在の動きはそうした時間軸からかなり前倒しになっていることは間違いなく、スマートフォンなどに続く、我々の生活を変える革新技術になる可能性も秘めたものとして期待値が高まっている。


電子デバイス産業新聞 副編集長 浮島 哲志

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