川崎市役所 病院局長の船橋兵悟氏は10月21日、JPI(日本計画研究所)主催の特別セミナー「川崎病院『スマート化事業』の取り組み現況、課題と今後の展開~ライフイノベーション国際戦略総合特区推進をふまえて~」の講演を行った。講演は、川崎市の歴史や特色など市の現状と課題、川崎病院の役割と医療機能、それらを踏まえたうえで施設の長寿命化やエネルギーセキュリティの向上、さらなるICTの活用を含めた総合的な設備更新を行うスマート化事業と2025年に向けた病院の在り方を柱に進められた。
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◆好立地・利便性で30年に人口152万人に
船橋氏の講演は、今年7月で市制90周年を迎えた川崎市の歴史の説明から始まった。川崎市は1924年7月に人口4万8394人で誕生し、72年4月に川崎・幸・中原・高津・多摩の5区で政令指定都市へ移行し、73年5月には人口100万人を突破、82年7月には宮前区、麻生区を加えて現在の7区制になった。その後も人口は増加し続け、04年4月には130万人、09年4月には140万人を突破し、14年9月現在では京都市や福岡市に迫る146万人となり、30年には152万人を見込んでいる。
ロケーションとしては、北に東京都、南に横浜市という首都圏の好位置にあり、また電車で横浜駅まで8分、東京駅まで19分、羽田空港まで14分と、交通利便性の高さも他市との大きなアドバンテージとなっている。
上述したように、川崎市の特色は人口の増加であり、97年以降は人口の社会増が続いているほか、00~10年の10年間の人口増加率は14.05%と他市を大きく上回っている。出生率は大都市比較統計年表(11年度)によると、22年連続で出生率1位、27年連続で婚姻率1位を堅持しており、住みたい都市として選ばれていることが統計からもうかがえる。
◆市内には研究機関が集積
古くから企業のモノづくりも盛んであり、大都市比較統計年表(11年)によると、従業員1人あたり製造品出荷額は大都市平均の約2倍で毎年推移しており、同氏は、東京都と横浜市に挟まれながらも川崎には優れた製造技術を持った企業が数多く集積しているとした。また、近年は、先端的な高度技術を有する国際的企業や研究開発機関が200以上集積する「先端産業都市」へと発展しており、その理由として、工場はどこでも立地できるが、研究機関は首都圏の方が好ましいこと、近隣の品川駅に新幹線が停車し交通の利便性が高いこと、近隣の羽田空港の24時間営業化を挙げた。
市内には、「新川崎・創造のもり」「スマートコンビナート」「港湾物流拠点」「キングスカイフロント」という、世界と競う4つの拠点がある。中でも、羽田空港の対岸に位置するキングスカイフロント(約40ha)を中核に、革新的医薬品・医療機器の開発・製造と健康関連産業の創出を目指している。同氏は、例えば同地に近い川崎病院で、公益財団法人実験動物中央研究所 再生医療・新薬開発センターが研究を進める再生医療による脊椎損傷やアルツハイマー治療など先端医療の臨床試験での役割も期待できるとし、また(仮称)ライフイノベーションセンター、国立医薬品食品衛生研究所などの運営開始も予定されているため、様々な形で川崎病院がこれらの拠点とつながる可能性を強調した。
◆市立3病院など周辺に多数の大病院が立地
続いて、同氏は川崎病院の役割と医療機能について解説した。市内には、川崎病院、井田病院、多摩病院の3つの市立病院があり、3次救急に対応する救命救急センターを持つ聖マリアンナ医科大学病院、日本医科大学武蔵小杉病院、救急告示病院の新百合ヶ丘総合病院、帝京大学医学部附属溝口病院、関東労災病院、日本鋼管病院など、大きな病院が多数存在しており、医療従事者や患者にとって多くの選択肢がある。
市立3病院の役割としては、多摩病院(376床)が北部地域の医療圏人口83万7735人(9月1日現在)に対応する同地域の中核病院で、高度・特殊・急性期医療のほか、小児救急医療、2次救急医療に対応し、災害医療拠点病院、地域医療支援病院、基幹型臨床研修病院の指定を受けている。
井田病院(383床)は南部地域の医療圏人口62万2436人(9月1日現在)に対応する同地域の中核病院で、がんなどの特殊・高度医療、2次救急医療、結核医療・結核透析・陽陰圧室透析、緩和ケア医療、在宅医療に対応。地域がん診療連携拠点病院、基幹型臨床研修病院の指定を受けている。
川崎病院は市の基幹病院であり、市立病院では最大となる713床を有する。高度・特殊・救急医療、救命救急センター、地域周産期母子医療センター(NICU 6床、GCU 18床)、小児救急医療、精神科救急医療、感染症医療(市内唯一の第2種感染症指定医療機関)に対応するほか、災害医療拠点病院、基幹型臨床研修病院に指定されている。
市立3病院の役割を紹介した後、さらに同氏は講演のメーンとなる川崎病院の概要を紹介した。
同病院は、1904年12月に伝染病組合病院として設立した。27年4月に川崎市立病院へと改称し、36年12月に伝染病院として開院、45年6月には総合病院に切り替え現在の病院名に改称した。98年10月に病棟・中央診療棟、00年3月に外来棟が竣工、01年3月に外構工事が完了し、現在の施設規模は、SRC造り地下1階地上15階建て延べ4万9890m²。屋上にはヘリポートが設置されている。病床数は713床(一般663床、感染症12床、精神38床)で、診療科目は29科(内、呼内、循内、消内、神内、外、呼外、心血外、消外、整外、脳外、形外、精神、リウマチ、小、皮、泌、産、婦、眼、耳鼻、リハ、放診、放治、病診、救、麻、歯、歯口外)を標榜する。
◆ESCO導入で光熱水費削減と財源確保目指す
川崎市の現状・課題、川崎病院の役割・医療機能を踏まえ、同氏は築16年目を迎える同病院について、今後の経年劣化による医療の質や病院機能の低下を回避するため、環境配慮型のエネルギー対策とICTの積極的な活用を含めた中長期保全と設備更新をしていく、すなわちスマート化整備の必要があることを強調した。まず、同病院の課題として、設備・建具など経年劣化・法定耐用年数の経過、改修および設備更新に係る膨大な費用、保守対応期限と補修用性能部品保有期限の終了、運転効率・エネルギー効率の低下、性能劣化による医療サービスの質の低下、災害時の業務継続を挙げた。上記の課題に対応するため、同病院ではコストを抑えながら建て替えと同等の病院機能を確保するとともに、排出する廃棄物も少ない長寿命化改修を推進する。また、劣化診断調査に基づく効果的な大規模修繕・設備更新の方法を検討し、施設の長寿命化を図る。
◆光熱水費が年々上昇
また、同氏は改修・設備更新のポイントとして費用の低減化・標準化によるさらなるランニングコストの効率化を図るために、省エネルギーの推進による光熱水費の低減などESCO事業にも取り組む方針を明らかにした。現に、同病院の光熱水費は、11年度に5億600万円、12年度に5億5400万円、13年度に5億9300万円と年々上昇している。改修・設備更新の財源確保と省エネルギー対策にESCO事業を絡めることにより、光熱水費の低減を図り、その費用を改修・設備更新に充当するほか、経営コストの縮減、地球温暖化防止への貢献も図る。同氏によると、ESCO事業に取り組むことで億単位の効果が見込めるという。
◆エネルギーセキュリティ向上で災害に対応
エネルギーセキュリティの向上にも取り組む。同病院は3月に院内職員にアンケートを実施したところ、災害対策の項目では、UPSの追加、非常用電源の対象機器の見直し、電源設備や中央監視設備の津波・液状化による浸水対策の実施などが意見として挙げられた。同病院は浸水対策が最大の課題であり、川崎市津波ハザードマップによると最大クラスの津波を想定した場合、0.15~0.5mの浸水が予測されているほか、多摩川洪水ハザードマップでは2日間で総雨量457mmの雨を想定した場合、1~2mの浸水が予測されている。そのため、ESCO事業のみならずエネルギーセキュリティの向上も必須だと同氏は強調。
同病院では、災害時の電力確保をはじめとした防災機能の強化によって、災害拠点病院としての診療機能の継続性を確保するほか、効率的な設備更新を検証し、エネルギーを安定的に供給できる地震や水害などの災害に強い病院を目指す。なお、同病院周辺地域においては、公共施設等の再編整備事業が進められており、災害時におけるエネルギーの施設間相互融通・連携などについても検討されている。市民館・区役所にガスコジェネレーションなど最新技術や、自家発電、蓄電池、エネルギーマネジメントシステムの導入を検討しているほか、競輪場には既設の発電機のほかに非常用発電や西側新施設に太陽光発電などの導入も計画されている。
◆ICT活用で質の高い医療を提供
さらに、上述の院内アンケート調査の結果で、PC、タブレット、PHSの増設による業務の効率化、外来待合表示、ベッドサイド端末、患者説明用情報の整備による患者へのわかりやすい説明、必要な場所で無線・インターネット・ネットワークに接続できる環境整備による業務効率化、保管スペースの確保や情報一括管理、画像情報などの電子カルテとの連携など診察情報の管理方法の改善、入退室管理によるセキュリティの向上、システム管理部門の設置などが挙げられた。
◆ICT化で待ち時間も快適に
同氏はICT化の具体例として、診療待ち時間対策を例に挙げており、患者が自分自身の診療待ち時間を把握することができるシステムや、サイネージサービスの導入、スマートフォンや携帯電話との連携など、患者が診療待ち時間を快適に過ごすことができるシステムの構築を検討しているという。
同病院では、設備の更新と併せてICTを積極的に活用することで、最新技術の導入や医療データの先進的な活用法を取り入れ、さらに質の高い医療の提供につなげていく考えだ。また、同病院はICT化の一環として、システムを活用した効率的な手術室の運用を図っているほか、院内Wi-Fi環境の整備についても検討している。
今後のスマート化のスケジュールとしては、14年度に基本的な考え方を策定し、15年度に中長期保全計画の策定、ESCO事業事前調査、ICT活用の検討を進め、16年度以降に保全工事、ESCO事業の実施を予定している。
◆救命救急センターの再整備も視野に
最後に、同氏はスマート化の先にある今後の展望を解説した。救命救急センターや地域周産期母子医療センターの開設など、これまで医療機能を拡大し続けてきた同病院において、これ以上の機能拡充は困難な状況にある。今後増加する高齢者の医療需要に対応し、さらなる病院機能の拡充を図るためには機能再編が不可欠であり、スマート化の先にある次の課題として、現在の駐車場部分で救命救急センターを別棟として建設する構想も視野に検討していることを明らかにした。高齢者の増加により、救急搬送患者の増加が見込まれ、救急医療機能の充実・強化に向けて医療人材の確保とともに体制整備に向けた取り組みを強化する必要があるほか、高齢化の進展でさらなるがん患者の増加も見込まれており、同病院は同市南部地域の新たながん治療の拠点として医療機能を強化していく必要がある。
また、キングスカイフロントとの連携もさらに推進する考えで、同所で研究されている最新の再生・細胞医療技術などの先端医療を実践・提供する臨床病院、臨床研究や医療技術教育など医療従事者にとって魅力のある病院づくりを目指す。