「時々は言ってもいないことが引用されている。オフレコだと耳打ちしているのに平気で書いてしまう。いくら親友に近い間柄とはいえ、ひどすぎる。でもたいていの場合、彼の書く予測記事はほとんど当たっている。だから文句が言えねえ」
今やイケメンの中高年男になったそのアナリストは、腹立たしさと親しさを込めて、こうつぶやくのだ。勝手なことを書きまくる「彼」とは、もちろん筆者のことを指しているのだ。そしてこのアナリストこそ、今や国内で現役最古参かついまだに最前線で戦う南川明氏(IHSグローバル 主席アナリスト)である。
南川氏と初めて会ったときは、まだ紅顔の美青年であった。このころの彼は、当時の半導体トップカンパニーであったモトローラ社を辞めて、半導体調査会社として当時最大のデータクエスト社の新進気鋭のアナリストになったばかりであった。彼はモトローラ社の半導体営業部門に携わり、香港在住も長かったというのだ。
その後、様々な変遷を経たが、今日にあって南川氏はまさに半導体トップアナリストとしての地位を保持している。筆者も自宅に招かれて食事をしたり、よからぬ夜遊びをしたり、一緒に台湾、中国、韓国、東南アジアなどの取材サーキットに出かけたりして、親交を深めていった。彼の良いところは、記者まがいの細密な取材を積み重ねること、時代の風潮に迎合することなく常に冷静な分析を行うことなどである。ただ時々は泉谷クンのいい加減な話を鵜呑みにしてそれを吹聴し、多くの人にぶん殴られているようだ。
それはさておき、南川明氏に今後の半導体の成長率について問うてみたところ、少し暗い顔をしてこのようにのたまったのだ。
「何しろリーマンショック前の50年間の半導体成長率は、実に年率12%という凄まじさであった。しかしここ数年間は、世界市場30兆円でほとんど止まったままとなっている。この後の10年間の成長率は、せいぜいが年率3~4%にとどまるだろう。パソコン、テレビ、スマホを含む携帯の成長率鈍化が何といっても大きい」
南川氏によれば、現状の半導体の構成比率は、何といってもコンピューターが大きく全体の30%、携帯電話・スマホなどの通信機器が30%、民生機器が15%、インダストリアルが10%、自動車が8%、その他8%となっている。しかして彼は決して半導体は成長を止めたわけではない、として2030年ごろには世界市場40兆円までは拡大することができると主張するのだ。一番伸びる分野はインダストリアルであり、これが全体の20%を占めることになるが、ここに成長分野の医療産業が含まれているという。また、自動車は少なくとも現在の3倍の15%以上の構成比率を占めるようになり、相対的にコンピューター分野は後退していくと分析する。
「今後の半導体の成長に向けてのキーワードは、高品質、高信頼性、高寿命、高価格の4点に尽きるだろう。医療分野や自動車分野は命に関わるだけに絶対の信頼性を要求されるし、また耐久性も重要だ。またスマートウオッチ、スマートグラス、ヘッドマウント、リングなどのウエアラブル端末が大きな伸びを期待されているが、問題はこれを動かす電力だろう。何としてもバッテリーレスでなければならない」(南川氏)
小さなリチウムイオン電池に貯めるという手もあるが、エナジーハーベストの時代を考えれば、やはり再生可能新エネルギーが重要だというのだ。太陽電池、温度差発電、振動発電、騒音発電などの技術開発をさらに加速していく必要があると示唆する。またスマートテレビなどは電源レスなどの機能が必須であるともしている。
一方、半導体設備投資の推移について聞いたところ、次のような答えが返ってきた。
「2013年の半導体設備投資はほとんどフラットで推移し、おおよそ5兆円くらいであった。今年は10~20%くらい増える可能性は充分あると見ている。フラッシュメモリー、DRAMの量産が増える一方で、MRAMもいよいよテークオフする。しかしながら、今や日本勢の設備投資は世界全体の7%しかなく、存在感が非常に薄い。これが問題だ。8インチウエハーを活用したパワー半導体、アナログ・デジタル混載IC、お家芸のCMOSセンサー、LED、さらには各種メモリーなどにまだ勝機はあるのだから、今こそ気合を入れていただきたい、と切に思う」
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。