電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第75回

かつての一大工業エリアの京浜工業地帯の再生を図れ!!


~首都圏3700万人を背景にライフイノベーション国際戦略総合特区~

2014/2/28

 横浜在住の人で、「ヨコセン」と聞いてすぐに分かる人は非常に少なくなってしまった。筆者が生まれ育った街は横浜であるが、子供のころに手伝っていた家業の蕎麦屋には、この「ヨコセン」に働く親父たちが良く酒を飲みに来て暴れ、叫び、笑い、泣いていたのを良く覚えている。

 「ヨコセン」とは三菱重工業横浜造船所のことである。このヨコセンが横浜の外れの金沢工業団地に移ってしまったときには、「ああ、あの親父たちの時代も終わってしまったのか」と悲しい思いであった。さようまことに、横浜が工業地帯であることの象徴であったヨコセンの移転は、人口370万人に膨れ上がった横浜が商業とサービスの街になってしまったことを意味する。

 横浜、川崎を中心とする京浜工業地帯は、言うまでもなく、ほんの数十年前までは全国一の工業集積ゾーンであった。そのど真ん中に羽田空港が位置し、かのフランク永井は「羽田発7時50分」というロマンチックな歌を歌い、昭和30年代の京浜工業地帯の文化を見事に表していた。しかして今日にあって、横浜や川崎、さらには大田区にまたがる一大工業エリアの京浜工業地帯は、相次ぐ工場の地方移転、海外移転でまさにもぬけの殻となってしまった。

 筆者が駆け出し記者であったころに、神奈川県庁や横浜市役所の企業立地担当に会えば彼らはタバコをふかして(このころは庁内のデスクでタバコを吸えたのだ)こう言い放った。「公害の元凶である工場は、この横浜、川崎からみんな出て行ってほしい」

 ところがここに来て、企業集積のない街がいかに都市機能として魅力がないか、ということに気がついた人たちがいた。このままではいけない。京浜臨海部を企業集積でよみがえらせなければならない。そうした思いが実って、「京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区」のプロジェクトがスタートしたのである。

横浜で開催の国際医用画像総合展は多くの客を集めている
横浜で開催の国際医用画像総合展は多くの客を集めている
 この特区を新設した背景には、首都圏3700万人の高度医療に対するニーズの存在がある。また、みなとみらい21地区には国際コンベンション参加者総数3年連続1位のパシフィコ横浜が立地している。なにしろ、京浜臨海部を中心に武田薬品、味の素、テルモ、富士フイルム、キヤノン、東レ、中外製薬などのグローバル企業群が多く立地している。また、横浜市大医学部、北里大学、慶應義塾大学、神奈川県立がんセンター、理化学研究所横浜研究所、神奈川サイエンスパーク、実験動物中央研究所などが存在している。革新的医薬品・医療機器の開発・製造と健康関連産業の創出には絶好の条件が整っているのだ。

 川崎・殿町の特区にある公益財団法人・実験動物中央研究所(実中研)は、この分野の施設としては世界最大のものだ。ドイツ、米国、韓国、中国など海外からも多くの人が訪れている。創立は昭和27年(1952年)であり、現在の構成は所員70人、外部共同研究者など50人の120人となっている。実中研の活動のユニークさについて、副所長の野村龍太氏は次のように述べるのだ。
 「基礎医学研究を実証するために、実験動物を使い、最終的に人間の健康につなげる実中研の活動は、基礎から臨床への架け橋となるものだ。40年の基礎研究を続け、20年の最先端実験動物の開発と実用化を続けてきた。実中研が世に出した世界に1つだけの動物は数多くあり、まさにフロンティアランナーとして驚かせた。それらの代表格が、ポリオマウス、NOGマウス、rasH2マウス、規格化マーモセットの4種類である」

 rasH2マウスは、がんになりやすい遺伝子回路を持っていることが特徴だ。ポリオマウスには、ヒトとサルにしか存在しないポリオウイルス受容体(電子回路)を組み込んでいる。いわば、新薬開発の安全性試験に関しての世界標準システムは、常に実中研が世界の先駆けであった。rasH2マウスについては、がん原性試験の世界標準試験として全世界の新薬開発に多大に貢献している。思えば、IT分野においてケータイ、スマホ、パソコンなどの主戦場で、日本は事実上の世界標準を全く取れなかった。しかして実中研の活動は日本発の世界デファクトスタンダードを確立しており、これはまさに注目に値することなのだ。

 現在進めている最新開発の研究成果は、ヒト化マウスというものだ。ヒトの肝臓を持ったマウスがすでに作られている。実中研が開発したNOGマウスは、免疫力が全くなく、抵抗力もないため異種細胞をすべて受け入れる。驚くなかれ、つまりは人の血液や臓器がマウスの体内で成育されていくのだ。これでお分かりであろう。iPS細胞は増殖し、がん化する可能性があるが、この安全性につながる研究は、このNOGマウスをもってできることになったのだ。ちなみに、NOGマウスはマウス臓器のなんと、90%近くがヒト化するというのだ。これで初めて実験動物が本当にヒトに対する安全性を証明することができるようになったといえる。

 また、川崎にはSCIVAX(サイヴァクス)というユニークなベンチャーもあり、いわゆるオンリーワン製品のUV式・熱式両用ナノインプリント装置を引っさげ、iPS細胞の培養など医療分野への一気の本格展開を狙っている。

 一方、横浜エリアにおいては鶴見末広地区で横浜バイオ医薬品研究開発センターをコアに理化学研究所、横浜研究所をコアに日立ソリューションズ、セルフリーサイエンス、DNAチップ研究所、ジェイファーマ、北里研究所などが意欲的な活動を開始した。また、横浜福浦エリアでは横浜市立大学先端医科学研究センターが、iPSを核とする細胞を用いた薬剤評価技術の構築を進めており、クラレ、積水メディカルなどがこれに参画している。

 かのフランク永井が歌い上げたロマン歌謡「夜霧の第二国道」が走り抜ける京浜エリアは、今や世界に向かって発信し続ける最先端医療の戦略特区として生まれ変わろうとしている。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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