電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第73回

「今日ですべてが変わる 今日ですべてが始まるさ」という強烈なメッセージ


~昨年末の紅白歌合戦で会場を凍らせた泉谷しげるの凄みを見てくれ!!~

2014/2/14

私たちはどこに向かっていくのか!(滋賀県草津にある彫刻=時の旅人)
私たちはどこに向かっていくのか!
(滋賀県草津にある彫刻=時の旅人)
 昨年末のNHK紅白歌合戦の最終近くで泉谷しげるが持ち歌の「春夏秋冬」を歌いだしたときに「ああ、懐かしいな、この歌は」と思い、すき焼きを食いながらビールを片手に何となく見ていた。しかしそれにしても、何かと問題が多い泉谷しげるがごく普通に歌っていることには少し失望していた。「お前も最後のアングラ世代なら、もう少し何とかブレークしてくれよ。フォークゲリラとしての意地を見せろよ」などとつぶやきながら、筆者と同姓の歌手だけに、ちょっとは、エールを送っていたのだ。ところが、である。やっぱりあの男はやってくれたのだ。

 突然歌をやめると満席のNHKホールの会場に向かって「手拍子してんじゃねーよ。誰が頼んだコノヤロウ」と怒鳴ったのだ。会場は、またも泉谷クンの悪いギャグなのねと冷笑を浮かべながら見ており、手拍子は少しく小止みになった。それでも泉谷しげるはさらに荒れ狂い、「してんじゃねーつってんだよ」とシャウトすると、さすがに会場は凍りついてほとんど手拍子はなくなった。いやらしくもカメラは審査員席を捉え、バカな女たちがそれでもニヤツキながら小さく手拍子しているなかで、杉良太郎だけは冷たく鋭い視線で黙って泉谷しげるを見つめ続けていた。やってくれるじゃないか、泉谷クン。この大一番で、この紅白の浮わついた場で、会場の手拍子を止めてしまったのだ。六十数年間の紅白の歴史のなかで初めてのことだろう。お前の度胸を買うぜ。筆者は杉良太郎の目線をそのように受け取っていた。

 さて、ここからが泉谷しげるの本領発揮なのだ。お前らはAKB48を見に来ただけだろう。ジャニーズ系のちゃらちゃら男に黄色い声を上げに来ただけだろう。浮わついてんじゃねーよ。そんな時代かよ。もっと真剣に考えろよ。少なくとも筆者は、会場の手拍子を止めたかった泉谷しげるの真意は良く分かる。そのうえで彼はこう言い放ったのだ。

 「テレビの前でたった一人で見ているお前、お前が歌え。お前がお前の歌を歌え。ラジオの前で聞いているお前、今日ですべてが終わる。今日ですべてが始まるさ」

 そうした激しい言葉を投げつけ、最後の歌詞のフレーズを歌い終わると、ギターを放り投げて出ていってしまった。ちなみに、フィナーレの蛍の光の合唱のときにも彼はいなかった。翌日のスポーツ新聞を読んで分かったことだが、楽屋に入って「もう二度と紅白なんか出ねえぞ、バカヤロー」と怒鳴り続け、泉谷しげるはNHKを後にしたという。泉谷しげるが歌ったこの歌、春夏秋冬の歌詞の最終フレーズはこうなっている。「今日ですべてが終わるさ 今日ですべてが変わる 今日ですべてが報われる 今日ですべてが始まるさ」

 春も夏も秋も冬も、この一年間何にもいいことがなかった人たち。何にも幸運がもたらされなかった会社。頑張っても頑張っても成果の出ない仕事。そうしたあらゆる現象に対し、今日ですべてが終わり、これからすべてが始まるという熱いメッセージを泉谷しげるは送り続けたのだ。思えば、アベノミクス経済効果で銀行、証券、建設土木、そしてまた、多くの輸出関連企業は空前の利益を出し、沸き立っているなかで、中小企業や地方経済はまだまだ沈んだままなのだ。そうした人たちに向かって投げつけられた言葉なのだ、と筆者は受け取った。そしてまた、多くの産業が復活してくるなかで、まさに一人負けともいえる現在の半導体産業に従事する人たちにもこの言葉は向けられたと解釈している。

 どんなに頑張って開発してもマーケットに結びつかない。量産に結びつかない。いいアイデアを出しても金のある米国、アジアの企業に踏み潰される。こうした悲哀のなかにいる半導体企業の人たちは、この泉谷しげるの春夏秋冬を聞いて、どう考えたのか聞いてみたい。

 彼は会場に向かって手拍子をやめろと暴言を吐いたが、その一方で、一番訴えたい人はテレビの前で一人で見ている人たちであった。それは齢90を超えて老人ホームでたった一人で紅白を見ているご老人かもしれない。それはクリスマスの夜に悲しい別れをして恋に傷つき、たった一人でテレビを見ているやや年かさのOLなのかもしれない。足を棒のようにして仕事を探し続けたが、年末になっても失業したままでボロアパートで一人紅白を見ている18歳の青年なのかもしれない。ラジオを聞いている人というのは、紅白をテレビで見られずに仕事をしているトラック運転手、タクシードライバー、病院の看護師の女性のことなどを指しているのだろう。

 最後のアングラ世代、泉谷しげるが大一番の紅白でシャウトした光景は決して忘れ去られることはないだろう。絶望の淵にあって、もう一度立ち上がっていく力。何としてもの起死回生を狙っているニッポンの現場力。あの悪顔の泉谷しげるが天使のように見えた12月31日できごとであった。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
サイト内検索