すべてものともの、人と人がセンサーネットワークでつながる日も近い?
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「米国においては“Trillion Sensors Universe”という考え方が、最近になって急速に広がってきた。これは、1兆個のセンサーを毎年使う社会がやってくる、ということだ。スマートウオッチやスマートグラスなどのウエアラブルデバイスがポストスマホとして話題を集めているが、実際のところはセンサーデバイスのほうが急増することは間違いない。なぜなら、それは社会のインフラすべてに根差しているからだ」
こう語るのは、フレキシブルプリント回路(FPC)の世界チャンピオンである日本メクトロンの執行役員、松本博文氏である。同氏は工学博士であり、マーケティング室のトップを務めているが、同社のお家芸であるFPCの次のアプリの将来性を調査するなかで、センサーチップの爆発的急増に伴い、FPCの出番も増えてくると考えているのだ。
Trillion Sensors Universeの意味するものは、70億人が毎年150個のセンサーを使うということなのである。そんなに大きなアプリがあるのか、といぶかる人も多いだろうが、ITがこれだけ進展したというのに、実は身の回りに存在する多くのものがネットワークでつながれていない。
パソコンとパソコン、パソコンとスマホ、サーバーと大型コンピューターなどネットワークのあらゆる組み合わせはあるものの、建造物と建造物、橋梁と鉄道、道路と農園などがそれぞれお互いに人間の手を借りることなく、ネットワークで通信し合ってはいない。つまりは、半導体や電子部品などは多くのIT機器を生み出したが、社会インフラの基礎とも言うべき建築、医療、農業、メディカル、鉄道、道路などのすべてがITネットワークで完全にはつながれてはいないのが現状だ。
「ウエアラブルデバイスに多くの関心が集まるが、実のところはそれ単体では半導体をそれほど多くは消費してくれない。しかしながら、家庭におけるすべての電気機器、つまりは冷蔵庫、エアコン、オーディオ、テレビ、パソコン、空気清浄機などのすべてに無線通信機能が付けば、スマホやスマートウオッチ、スマートリングなどを使った便利な生活が見えてくる。無線通信ですべてがつながれ、また他の家やオフィスともつながる。多くの機器に無線通信を受発信する機能が必要であり、ここに使われる半導体、センサー、電子部品の数は膨大なものになるのだ」
うめくようにこう語るのは、著名な半導体アナリストの南川明氏である。南川氏は実際のところ日本はおろか世界全体で橋やトンネルなどにほとんどICチップはついていないと指摘する。社会インフラの基礎を形作るために、無線通信で機器と機器がつながれ、建造物と建造物がつながれ、トンネルや橋と道路がつながれる社会はソシアルデバイスの社会といっても良いだろう。
こうなれば、私たちの社会は大きく変わってくる。ペットにつける首輪にICチップが搭載され、健康管理やどこにいるのかをセンシングする。自動車やバイク、鉄道などのすべての車両にICチップやセンサーが搭載され、お互いが通信チップですべてつながれる。安全・安心を確保するために、多くのものにセキュリティーチップがついてくる。そう考えれば、パソコンや液晶テレビが成熟化を迎えても、こうしたセンシング社会には多くの電子デバイスが活躍することになるのであり、その需要たるや、もしかしたら想像を絶する規模なのかもしれない。
新年早々に半導体の夢の実現はどこにあるか、などと考えていたら、こうしたソシアルデバイスの概念が自分の胸のなかに入り込んできた。これはすばらしいと思わず絶叫し、友人を呼び出してソシアルデバイスの社会の到来について熱く語ったところ、かの友人は冷たくこうつぶやいた。
「お前の言うように、この世に存在するすべてのものにセンサーや半導体が張り付いてしまったら、いつもいつも誰かに監視されている管理社会になるだろう。安全・安心を保障するために、犯罪防止という名目ですべての部屋の照明にセンサーがつけば、女の子は盗撮に怯えることになる。また、お前のようにヒイヒイと笑いながら、ひそかにエロ本を読むこともできなくなる。そうした社会が幸福であるかどうかは、また別の問題だ」
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。