戦後間もない昭和21年3月15日のことである。明石米吉という人物が金沢市内に小さな鋳造所を作った。彼は太平洋戦争で南方の戦線にいたが生き残り、裸一貫から鋳物業をやりたいと考えたのだ。そのきっかけは、戦前にアーク炉を製造する会社で銅合金の鋳物を製造していた経験があったからだ。ところが、この米吉さんは昭和34年に逝去し、妻の初子さんが2代目を継ぐことになる。当時としては珍しい女性社長であった。
今日にあってこの小さな鋳造所は、(株)明石合銅(石川県白山市横江町1484、Tel.076-276-5533)となり、独創的な複合材料AGバイメタルで、高圧高速仕様の油圧機器を支える材料革命への道をひた走っている。2006年には元気なモノ作り中小企業300社に選定されるに至る。現在4代目の社長となる明石寛治氏は、明石ブランドを支えるAGバイメタルのすばらしさについてこうコメントする。
「AGバイメタルは鋼の持つ高い引っ張り強さと疲労強度に、銅合金特有の耐焼付性、耐摩耗性を兼ね備えた理想の複合材料として開発されました。鉄と銅の原子が入り乱れた状態で結合し、その溶着強度は銅合金自体の材料強度を上回るものです。なにしろ、1平方センチメートル当たり450kgの圧力がかかり、1分間に3000回転もする過酷な条件下で使われる油圧ポンプやモータの心臓部品となるわけですから」
筆者はこの明石合銅の主力製品をいくつか見せていただいたが、AGバイメタル油圧製品、銅合金鋳物、粉末焼結含油軸受などどれを見ても実に美しいと感じた。いただいた会社のパンフレットの裏には、「エンジニアリングをきわめるとアートになるかもしれない」と書いてあった。さらに頁をめくると、現場の人たちの声として「自分にはすべて作品なんですよ」「完全燃焼という言葉が好き」「金属にもたしかに魂があるね」「ぼくのライバルはぼく自身かな」「この関門をくぐると世界へ」などのインパクトのある言葉がつづられている。
「私は社員の皆さんに対し、技と心を研きモノづくりの道をきわめろといっている。それは我々の作っているものは単なる部品ではなく共同作品という考え方なのです」(明石社長)
こう静かに語る明石社長の背後を見たところ、実にセンスのある絵が2点飾られていた。1点は赤い蓮であり、もう1点は黒い牛であった。この作品はすばらしいですね、といったところ、明石社長は破顔一笑し、こう答えた。
「やあ、よく気付かれましたね。この作者はMAYAMAXという女性の画家です。モダンアートの世界ではかなり有名な方です。実は工場の中にも彼女の作品が飾られています。3m×10mという巨大な作品です」
実に地味なエンジニアリングの世界こそアートにつながるのだという明石社長は、モダンアートを工場にまで持ち込んだ。確かにモノづくりの現場は殺風景なところが多い。しかし、よく考えれば、社員が一日のうちで一番長く過ごす場所なのだ。働いている空間をできるだけ潤いのある場所にするべく、観葉植物をたくさん置いたり、MAYAMAXのアート作品を飾ったりして、明石社長は演出する。つまりは感動する舞台としての職場を目指しているのだ。
さて、明石合銅の年商は74億円がピークであった。しかし、中国経済の低迷により建設機械の生産が減少したことから、2013年3月期は53億円までダウンしてしまった。2014年3月期は57億円台を見込んでいるが、明石社長は売り上げより利益、そして何より社員の成長や働き甲斐を重視したいというのだ。
現在の製品比率はバイメタル60%、銅合金30%、粉末焼結含油軸受10%となっている。今後はやはり同社の勝負玉であるバイメタルが伸びると見ており、特にコンバインやトラクターなどの農業機械、各種道路マシーンなどに採用が多くなると見ている。現在の売り上げは国内80%、輸出20%となっているが、近い将来に海外比率を30%まで持っていきたいとしており、いずれは売り上げ100億円に乗せていくことも可能なのだ。
「世界に羽ばたく青春企業を目指す、というのがうちの社是となっています。いつまでも理想に燃えて柔らかな発想とみずみずしい感性で難題に挑戦する。そんな青臭い気持ちを大切にしたい。子供心にも覚えている親父(創業者)の言葉は、“ 一の銅合金の鋳物屋になる”であったのですが、そこには世界に羽ばたくという意味もあったと思います。1993年からジュネーブに営業拠点を作り、ドイツやスイスにある世界的な油圧メーカーに対して営業してきました。2006年3月に大口の成約にこぎつけ、輸出比率は上がってきました。今年からはアメリカのボストンにも営業の拠点を設け受注開拓を行っていきます。世界で数社しか作れないバイメタルの技術を今後さらに進化させていきたい。そして、見た目にもホレボレと美しい製品作りを決して忘れないようにしたいです」(明石社長)
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。