がんの放射線治療は全世界で進み始めた(三菱電機の陽子線がん治療装置=メディポリス指宿)
がんの放射線治療については、X線、陽子線、重粒子線、将来は中性子線というかたちでバージョンアップが進んでいる。X線式はもっともポピュラーであり、装置が小型で済むわけだが、小さいがんにしか有効でない。また、副作用も多いといわれている。また、陽子線式は大きながんにも治療効果があることが特徴であり、これまでは難しかった肺や肝臓の治療にも適用できる。陽子線のがん治療装置メーカーは三菱電機を筆頭に日立製作所、ベルギーのIBAなどがある。重粒子線は前に述べたように最も最先端のがん治療装置であり、がん細胞に集中する技術が高い。ここは日本企業のシェア100%という市場である。
日立製作所は政府の最先端研究開発支援プログラムで、北海道大学との共同開発により陽子線の新世代機をすでに作り上げた。承認が得られれば2014年夏にも北海道大学病院で治療を開始する。この新世代機は、陽子を肺や肝臓など呼吸や脈で動く臓器のがん細胞に当てるもの。これまで難しかった6cm以上のがんも治療できることが特徴である。照射量はこれまでの半分以下に抑えており、正常細胞に対しての影響が小さいこともメリットだ。日立はこの新世代機で2016年にも輸出攻勢をかけていく考えだ。また、現行の陽子線装置においては、台湾、韓国などアジアでの受注を狙っており、年3台くらいの出荷をまずは見込む。これだけで200億~300億円の売り上げが見込まれているのだ。
さて、安倍晋三首相は2013年4月末にロシアを訪れ、最先端のがん治療装置を備えた病院をモスクワ市内に建設することを決めた。この施設で使うのは、世界初のホウ素中性子の装置であり、正常な細胞に一切ダメージを与えずにがん細胞だけを攻撃できる超優れものだ。開発したのは住友重機械工業。国内では福島県郡山の南東北病院で、2014年から臨床試験が始められる。ロシアの新病院は2015年に建設するわけだが、海外としては初めてロシアで臨床試験を申請することになる。
「ただ問題は治療費だろう。中性子線は悪性脳腫瘍や頚部のがんによく効くといわれ、なおかつ転移したり再発したりするがんを攻撃するにはもっとも有効といわれている。しかし、これを使えば1人あたりの治療費は300万円以上と高額だ。ところが、ロシアには富裕層が多い。この程度の金額でがんが直るなら『へのかっぱ』という人たちがうようよいるのだ。もしロシアにおいてこれが成功すれば、富裕層の多い中国にも適用できる。もちろん米国やEUの大金持ちもよだれを出して飛びつくだろう」
こう語るのは政府のプロジェクトの関係者だ。国内勢では住友重機械工業に続き三菱重工業も中性子線治療装置を筑波大学などと共同開発しており、こちらも海外市場をメーンに想定している。
なお、ロシアにおける新病院はモスクワに建設される見通しで、用地取得はロシア側が負担する。総事業費は約100億円。住友重機械工業は目玉となる中性子線装置に加え、陽子線がん治療装置も導入することになっている。
こうした日本が誇る最先端のがん治療装置は、量産が拡大すれば当然のことながら価格が下がり、治療費も抑制されるのだ。富裕層でなくとも治療を受けられる可能性が広がってくる。そうなれば爆発的な出荷台数が期待できるだろう。
また一方で半導体、電子部品、ディスプレー、その他の部品点数は1台で10万点以上の採用が見込まれている。いわゆる半導体部品や自動車部品、さらには航空部品、機械部品などで培った日本勢の技術が生きてくるのだ。大手は当然のことながら中小の部品メーカーにも恩恵が及んでくる。
日本勢は欧米勢に先を越された医療機器の分野で今後巻き返しを図っていくわけだが、その最大のコアとなる製品は、総合技術を駆使する新世代がん治療装置になることは確実だろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。