東北大学といえば、ニッポン半導体のメッカともいわれる存在なのである。1948年、米国ベル研究所におけるトランジスタ発明の衝撃は、我が国をも大きく揺るがした。この情報を日本で最初にキャッチしたのは、東北大学の渡辺寧教授、電気試験所の清宮博氏、吉田五郎氏の3人だといわれている。
その後、渡辺教授のもとで修行した西沢潤一氏は、後に東北大学の総長となるのであるが、PINダイオード、半導体レーザー、光ファイバーへとつながる一連の研究でノーベル賞候補といわれたものである。その西沢氏の一番弟子であった大見忠弘氏もまた、画期的なスーパークリーンルームの開発で、米国インテルの躍進に大きく貢献したことで知られている。
そして今日にあって、東北大学の半導体といえば、大野学長が切り拓いたスピントロニクスの技術を拡大・発展させている遠藤哲郎氏であろう。MRAMという黄金武器を前面に出して、2012年に発足した東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センターは世界で認知される有数の半導体研究機関に育ってきた。中心テーマの1つが、低消費電力の次世代メモリーとして注目を集めるMRAMである。
その遠藤教授は、ジーダット東京セミナーの講演の壇上ではっきりとこう表明したのだ。
「AI、スマホの高速化でデータセンターの建設ラッシュが始まっている。ChatGPTの登場で、データ処理は年率10倍、20倍という勢いで膨れ上がっている。半導体を使えば使うほど豊かな社会になるというのに、電力消費は加速度的に拡大しており、SDGs革命推進が難しくなるという矛盾が生じている。今や社会ニーズは半導体の消費電力を100分の1に下げたいという方向にある」
こうした状況下では、論理演算はCMOSで行い、データ記憶はMRAMで行うという新たな挑戦が必要なのだ。遠藤教授率いる部隊は、電力を100分~1000分の1、面積を5分~10分の1、高速動作100万倍というサプライズの半導体開発に取り組んでいる。すでにギガヘルツの壁を超えており、人体の体温を利用した動作が可能になるというのであるからして、これはまさに驚き以外の何物でもない。
さらに2000分の1の低消費電力のAIプロセッサーも作り上げており、NTTの光技術「IOWN」プロジェクトともコラボし、新たなグリーンデータセンターの実現をも構想しているというのだ。
「宇宙空間でも使える技術にも道が開けた。高温環境においては、NANDフラッシュメモリーでは10年間のデータ保持しかできない。これに対し、MRAMは高温度耐性を獲得しており、150℃~170℃の壁を越えてきた。フラッシュマイコンからMRAM マイコンへのロードが見えてきたのだ」(遠藤氏)
この高温耐性を得たことで、自動車を制御する電子回路向けにMRAMの需要が一気に拡大してくることは十分に予想できる情勢になってきた。また、実用レベルの容量はまだ4Mb(メガビット)程度であるが、研究レベルで4Gb以上も可能な段階に入っている。28~30年ごろをターゲットに車載向けMRAMの世界が開ける、という見通しも出てきた。
さらに加えて、遠藤教授は、筆者の取材に応じて、こうも言い切ったのである。
「メタバースの主役の端末といわれるウォッチについても、これまでのメーンメモリーであるDRAMからMRAMへの置き換えが始まる。まさにゲームチェンジの時が今こそ始まったのだ」
時あたかも、東北大学はかの京大、東大、早稲田を抜いて「国際卓越研究大学」に選定されることが内定した。なんと毎年100億円の助成金が25年間にわたり実行されることになる。半導体をコアにして、まさに「東北大学の時代」がやってきたのである。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。