世界の電子情報産業の生産額は新型コロナウイルス禍の中でも、リモート技術の発展などで成長を続け、いまや3兆5000億ドル(約450兆円)に達した。これは約400兆円と言われる自動車産業を上回る規模であり、世界最大の巨大経済圏を形成するに至った。しかも世界各国がサステナブルな社会の構築に向けて、カーボンニュートラルの実現目標を掲げる中、電子情報産業はこの達成を可能にする重要な要素の1つとして認識されており、これを支える電子デバイス産業の重要性は今後、ますます高まっていくと予想されている。
電子情報産業のハードにおける中核をなす電子デバイス産業は、約130兆円の市場を築いている。内訳は、半導体が約75兆円、一般電子部品が約34兆円、電子ディスプレーが約16兆円、その他は電池などとなっている。
半導体産業は、少なくとも2030年には100兆円を突破するとまで言われているが、日本企業のマーケットシェアは8%程度まで落ちており、このテコ入れのために国家戦略カンパニーとも言うべきラピダスの北海道千歳新工場が建設される。さて、この半導体産業において、日本が際立った強さを発揮しているのが半導体製造装置、そして製造に不可欠な電子材料である。半導体製造装置の世界市場は約14兆円に上るが、このうち日本企業が有するシェアは30%に達しており、トップをいく米国を一気に追い上げる体制となっている。
そして製造装置よりもさらに大きな存在感を放っているのが、プロセス材料、つまり電子材料である。半導体材料の世界市場は2022年に10%弱の成長を遂げ、約10兆円に到達したと見られている。もちろん、過去最高金額である。前工程材料は約6兆円、パッケージング(後工程)材料は約4兆円となっている。微細プロセスの追求は限界値に達しつつあり、0.5nm以下は物理学的限界が来ると言われており、今後はチップレットなど先端パッケージ工程にこれまでの3~5倍の設備投資が必要になってくると言われているのだ。
半導体材料全体を見渡してみれば、日本企業の持つマーケットシェアは実に62%を占めるという断トツの強さを見せつけている。高機能、高品質、高付加価値をキーワードに、日本のケミカル企業は、いわば総力を挙げて半導体分野に展開してきた。そしてまた、合わせ技ともいうべき独自の技術力がものを言っている。カスタマイズされた材料ということになれば、日本勢にかなうものはないであろう。
国内半導体材料メーカー主要各社の売上高を見れば、シリコンウエハーの最大手であり、フォトレジストなどにも強い信越化学工業が断然の強さを見せつけており、8645億円(2022年)を上げて第1位にランクされている。かなり離された2位ではあるが、住友化学は、フォトレジスト、高純度薬品などに強みを持っている。第3位はシリコンウエハーの2番手であるSUMCOが4410億円を上げており、同社は今後、主力工場の佐賀県伊万里市の拠点に加えて、佐賀県吉野ケ里などに新工場建設を構える計画で、信越の追い上げにかかる。ちなみに、経産省は異例の措置としてこの投資計画に最大750億円の補助金を出すと言明したのだ。半導体の国家支援策が材料分野にまで及んできたことは、注目に値すると言ってよいだろう。
三菱グループも半導体材料には強い。三菱ケミカルグループは、洗浄剤や感光性ポリマーの世界で活躍が目覚ましい。三菱ガス化学は、各種薬液および半導体パッケージ用BT材料に大きな実績を持っている。フォトレジスト分野では東京応化工業が名を連ね、売上高は1703億円。JSRも売上高1294億円となっている。ちなみに、JSRは政府系の産業革新投資機構が1兆円という巨額を提示し、M&Aに出るというサプライズ。材料メーカーの付加価値がいかに強いかということを日本政府が認めた格好となっている。
住友ベークライトは、半導体の封止材で圧倒的なシェアを持っている。フォトマスクについては、凸版印刷や大日本印刷が強みを持つが、超微細化が進む中でマスクの価格が上昇していることが押し上げ要因になっている。後工程材料で世界トップをいくのがレゾナック。とにもかくにも、日本の半導体材料メーカーは世界トップシェアを持つ企業が数多いわけであり、今後国家がこの材料メーカーの存在感を強く意識し、手厚い補助に出ることが望まれているといえよう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。