SiCパワー半導体の市場は、4年後の2027年段階では1兆円を超えてくるという超強気の予想が出てきている。EVやプラグインハイブリッドに代表されるエコカーに対する投資は、予想を上回る勢いであり、やはりピュアシリコンよりはSiCが圧倒的に良いという定評が出てきたからであろう。しかも、量産投資によって問題であった価格がかなり下がり始めていることが拍車をかけている。
SiCパワー半導体については、欧州勢が先行しているとみられる。とりわけドイツのインフィニオンテクノロジーズは、世界初となるパワーデバイスの300mmウエハーでの生産といった技術トレンドのリーダー的な存在である。現在、パワーデバイスでは業界首位であり、シェアは世界の約20%を握っている。ちなみに車載向け半導体でも業界首位(世界シェア約13%)に位置しているのだ。当然のことながら、SiCにも全力投入をしており、SiC MOSFETを搭載したEV向けパワーモジュールを発表し、拡販を進めている。
また、インフィニオンはSiCウエハー分割技術保有のシルテクトラを買収し、さらに拡大を続けている。ちなみに、SiCエピウエハーの世界トップであるレゾナックとの間で、長期供給契約を結んでいるが、インフィニオンは現在の約10倍のSiCパワー半導体を作ると言明しているのである。
同じく欧州勢のSTマイクロエレクトロニクスも、MEMS、パワーデバイス、アナログ半導体の量産については得意としているメーカーだ。同社はグローバルファウンドリーズと合弁で、300mm工場新設に走っている。EV用SiCモジュールについては、セミクロンと協業し、より小型のシステムで高性能・高効率の実現を図っており、同社の第3世代SiC技術は、業界屈指の安定性と性能を誇っているのだ。
ロームの松本社長は
JPCAショウにおいてもSiC強化を表明
もちろん、パワー半導体を得意とする日本勢についても、SiCパワーや300mmによる量産は視野に入ってきている。とりわけロームは、いまや国内第4位の半導体メーカーにのし上がってきたが、SiCパワーについては、世界トップシェアを獲るという勢いで突き進んでいる。同社の当面の戦略は、25年度までにSiC事業の売上高1100億円以上、シェア30%以上の獲得を目指すとしている。
しかして、ここに来ては、さらに一大勝負に出る感がある。2027年度までの累計で、最大5100億円をSiCデバイスの増強に投じる計画であり、福岡県筑後のSiC新工場に加えて、宮崎県国富町に何と40万m²の巨大な工場用地を取得した。ここにおいても、SiCパワー半導体の一大量産を計画しているわけであり、どう考えてみても、世界シェア50%以上を獲るという捨て身の構えを見せている。
ローム以外の三菱電機、富士電機、東芝デバイス&ストレージ、ルネサスなどの各社も、SiCパワーは最も注力する分野と明確に表明しており、今後大型投資は出てくると思う。
一方で、不気味な存在が中国勢なのである。何しろ米バイデン政権のチップ4に代表される中国囲い込み政策は、同国の半導体産業の成長に大きな影響を与え始めた。シンプルに言えば、最先端の装置、材料、部品が手に入らないのであるからして、レガシー半導体にシフトするしかないのである。そうなれば、中国のファンドリーはとりわけパワー半導体にカーブを切ってくるだろう。
SiC技術についても、まさに死に物狂いで量産プロセス確立に動いている。中国が総力を挙げて、SiCをコアとするパワーデバイスに投資してくれば、一大激戦地が予想される。いわば欧州、ニッポン、そして中国の三つ巴の戦いになるわけであり、これまた熾烈を極めていくだろう。
さて、ここに来て、筆者の耳にはかなりサプライズな情報も入ってきている。ロームは東芝のパワー半導体を自分の陣営に引き入れたいと考えているようだ。これが実現すれば、ロームグループの売り上げは一気に1兆円以上になるだろう。この行方に注目したい。また、台湾のシリコンファンドリーの一角であるパワーチップが、日本国内に新工場を立地するとアナウンスしているが、今のところは広島県下に進出する可能性が強いと聞いており、パワー系デバイスの量産も考えられることではあろう。
■
泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。