久方ぶりに関西のロング取材サーキットツアーに出かけてみた。京都から大阪、そして兵庫まで回ってきたが、まず驚かされたことは、東京と比べて大阪は、マスクをしていない人が非常に多いということなのだ。商人の街であり、自由闊達な街であり、女性たちの信じがたい色使いのファッションが全国的に有名であるが、何しろ朝から駅のスタンドで日本酒と串カツを食べているという気風であるからして、頷けるところはある。
筆者は、取材2日目の午後に少しの空き時間ができたので、ゆっくり食事をしたいと阪急3番街のこ洒落たレストランに入ってみた。驚くなかれ、客の90%は女性であった。ランチ定食が2500~3000円という店なのである。筆者はこんな無駄遣いをして、罰が当たらないかしら、と思いながら席に着いたが、右隣も左隣も、はたまた正面のテーブルも、皆女性たちばかりでワイワイやっており、皆ビールを飲んでいた。昼間っからである。
亭主が汗水垂らして営業に駆け回っているかもしれず、昼飯は350円の立ち食いそば1杯で奮闘努力していることをよそに、かの女性たちは幸せな時間を送っておられるのである。
それはともかく、コロナの事実上の終焉が近づいている現在にあって、大阪の街もひたすらに活気が戻ってきたな、という感が強かった。とりわけ凄いのは、インバウンドの方々であり、梅田の繁華街に立てば、日本語はほとんど聞こえてこない。韓国、中国、台湾、フィリピン、ベトナム、中近東、そして欧州、米国という様々な国々から来た人たちが、とてもとても嬉しそうに街を歩いておられる。
「お金を落としてくれるんだから、ニッポン経済にとって、インバウンドはありがたいんだよな」とか言いながら、筆者もそぞろ歩きをしてみたが、大阪という街の魅力はどこにあるのか、と考えてみた。雑然としている。ゴミゴミとしている。決して上品ではない。女性たちはひたすら派手派手。そして何よりも、食道楽の街であるからして、外食の数といったらとんでもない。大阪城やユニバーサルスタジオなどの観光資源はあるものの、京都に比べたらはるかに格は落ちる。また、東京に比べたら街のスケールは大したことはない。
大阪・梅田の場外馬券売場の近くには
ユニークな店が多い
ただ、不思議な魅力がある。飾らない明け透けな会話。ひたすら人に親切。居酒屋に行けば筆者が横浜から来たことを知った人たちが、テレビの巨人対DeNA戦を観ながら、「皆、横浜を応援したれや」とわめき散らし、筆者はふと涙ぐんでしまうほどなのだ。
しかしながら、エレクトロニクスや半導体という観点から大阪を見た時に、筆者の心の中にはとても寒い風が吹き荒れてくるのだ。大阪の家電大手の一角であった三洋電機は、事実上倒産してしまい、パナソニック(当時は松下)に吸収されてしまった。筆者は今でも、三洋のヘアドライヤーを使っているが、なんと30年前のものであり、まったく壊れることがない。これがニッポンのものづくりだな、と思うたびに、三洋の落城は痛恨極まりないことであった。そしてまた、液晶の世界チャンピオンであったシャープが一気に凋落し、台湾の鴻海精密工業に取られてしまった時には、情けなくて仕方がなかった。パナソニックが、半導体事業からほとんど撤退することを決めた時には、これからはカスタム半導体をコアとした開発は松下からは生まれてこない、という思いで一杯であった。
とまあ、大阪における電機産業の後退ぶりを考えた場合、大阪の復権は難しいのかな、と思ってしまうことも度々だ。ところが、である。インバウンドの韓国人と一緒に酒を飲んでいたら、彼は日本語ができるので話しかけてきた。そして、ひたすらに日本は大好きな国、といって憚らなかった。ちょっと前までは反日だったのに、今は親日になってるじゃん、と驚いたが、「東京よりは、はるかに大阪が好き」と言っていたのには、またびっくりした。
きどらないから、本音で話せるのがいい。旅行者にも親切。上から目線でなく、水平の視線。そして何よりも、めちゃめちゃウマいうどんとたこ焼きなど、食文化も口に合うと強調していた。
電機産業という点で見れば、大阪は大きく後退しているが、日本に来る観光客数でトップを走るのは、東京ではなく大阪なのだ、と覚えておいてもらいたい。そして、2025年4月13日~10月13日にかけて、日本国際博覧会が大阪において盛大に開催される。1970年の大阪万博が再び帰ってくることになるのだ。この経済効果は決して少なくないだろう。そして、横浜が毛嫌いして絶対に誘致しないと決めたカジノについては、大阪は歓迎して誘致するとの方針を決めた。日本で初めてのカジノタウンが大阪に誕生する。大阪の復権はもう始まっているのかもしれない。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。