電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第528回

「金しかない」「今しかない」「自分しかない」という昨今の風潮を打ち破れ


WBCのミラクル優勝の英雄“大谷サン”が教えてくれる重要なこと

2023/4/21

「大谷サン!」を見つめる40代女性の思いは熱い
「大谷サン!」を見つめる40代女性の思いは熱い
 WBCのミラクル優勝は、日本中に狂騒曲をもたらしたと言えよう。猫も杓子も「大谷サン」であり、筆者としてはいささか辟易していた。まるで神の子のような扱いであり、彼がやることはすべて魅力的という牽強付会ぶりには、ただただ驚かされるばかりだ。ただ、重要なことはいくつかある。大谷サンのファンは圧倒的に40代の女性が多いことなのだ。これはある種、意外であろう。

 端整なマスク、宮本武蔵ならぬ二刀流、そして足も速く、剛速球を投げまくり、どでかいホームランを打つ。談話は常に美しいものばかり。とりわけ、優勝インタビューは出色であった。

 「これは日本が勝利したことの意味よりも、野球という競技が世界に再認識されたことが大きい。もっともっと野球ファンが増えて欲しい。世界の国々で頑張っている野球少年、野球少女の人たちに夢を与えてあげたい、と切に思っている」

 大谷選手の談話のサマリーはそんな感じであったが、ここにはいくつかのキーワードがある。サッカーはいまやスポーツのビッグチャンピオンであり、野球は世界的には人気という点で低い水準のスポーツなのだ。これを盛り上げていかなければ、自分たちの将来がない、という意味でもあろう。

 そしてまた、秀逸であったのは、大谷選手が野球少年だけでなく、野球をやっている少女たち、つまり女性の存在にふれたことなのだ。こんなにすばらしいコメントを出されたら、ほとんどの女性はイチコロになってしまうだろう。

 しかして、あるメディアが分析したところによれば、大谷の追っかけをする熱狂的なファンは実のところ40代女性であり、キャーキャー言っているのは10代、20代ではないのだ。これにも意味はあるだろう。そのくらいの年齢になれば男性というものの真相が見えてくる。見渡してみれば、夢もなく、仕事もいい加減で、なおかつパワーもない男たちばかりが目立って見えてくる。そうした40代女性にとって、12歳年下の大谷君は昔のすてきな恋人に会ったような気分にさせられるのであろう。

 それはともかく、WBCでひたすら言われたのは、「ニッポンのチーム力」というものであった。一人一人が目立つことなどはどうでもよい。ただひたすらに、次につなげていく精神で、チーム全体で勝利につながればよい。そう考え、実際に選手たちはそう動いた。そこからはまるで野球マンガを見ているような世界だった。

 準決勝のヤクルト村上選手のタイムリーによるサヨナラ勝ちには、狂喜乱舞した人たちがいっぱいいたのだ。そして決勝の先発は、あり得ないことに、横浜DeNAの今永投手が選ばれた。横浜生まれ、横浜育ちの純正ハマッ子である筆者としては、まるで夢のようね、と思っていた。そして最後に大谷選手が真打として登場し、落差の大きいスライダーで打ち取った時には、これぞドラマだと思える瞬間であった。

 さてここで重要なことは、観客たちは何を見ていたのだろうか。実際のところ、今日にあっては、ひたすら拘束されない自由が一番大切であり、金を持っている者が勝ち組であり、未来のことはどうでもよく、今つかまえることだけが大切、というような風潮が圧倒的なのである。学校においても、会社においても、その他あらゆる組織体において、皆考えていることは「自分さえよければよい」ということであり、チーム力や団結力など死語と言ってよいくらいの状況になっている。アフター5に上司に誘われ、仲良く、または熱くなって酒を飲み合う若い会社員の数はいまや絶対的少数と言ってよいだろう。

 要するに、2023年の春現在にあって、この時代を捉えれば、「金しかない」「今しかない」「自分しかない」ということに尽きるのである。これを打ち破る方法はどこにあるのか、といつも考えているが、答えは見つからない。そして、少し希望のないことを言えば、旧世代であり、中高年である自分が今時の風潮を正しく捉えることができるのか、という疑問もある。時流というものには逆らえないのだ。

 つまりは、前記のような考え方が支配的になれば、それが社会の一つの常識になってしまう。もっと熱い熱い団結力で戦いたい!といつも考える筆者は所詮、古い世代なのであろう。ただ一つだけ、そうした風潮を是認したとしても、「それで本当に幸せになれるのか」という根本的な問題が残されていることは間違いない。
 (企業100年計画ニュースから転載)


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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