電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第525回

熊本県下の新工場ラッシュはもはやとどまるところを知らない!


三菱電機のSiCパワー新工場建設も決まり、TSMC国内第2工場の候補も熊本という流れ

2023/3/31

 弾みが付くとはこのことであろう。TSMCの熊本新工場立地で、まさに半導体狂騒曲の中にある熊本県下は、またしても大手デバイスメーカーの新工場建設がアナウンスされたのである。

 パワー半導体で国内トップ、世界でも上位にランクされている三菱電機が1000億円を投じて熊本県泗水エリアにSiCパワー半導体の新工場を建設することを明らかにしたのだ。予想されていたとはいえ、この新工場はなんとSiCで8インチウエハーを使うという最新鋭のものであり、投資額は1000億円、2026年4月に稼働を予定するのだ。

ソニー熊本の近接にTSMCが進出し、半導体狂騒曲の様相が始まった。
ソニー熊本の近接にTSMCが進出し
半導体狂騒曲の様相が始まった。
 SiCが素材のパワー半導体は、EV向けに需要拡大が見込まれることから、三菱電機はこの新工場を含めて21~25年度のデバイス事業への投資を2600億円に倍増するというのである。この泗水の新工場は前工程であるが、さらに熊本県下にある6インチ対応の既存工場の生産設備も増強し、加えて100億円を投じて組立・検査の後工程を手がける工場を福岡に新設するともいうのである。

 さて、TSMCは、約1兆円を投じて熊本新工場を建設しているが、これのインパクトはとんでもないものがある。TSMC絡みで県下に100を超える新工場が一気に建設されるというサプライズの状況が出てきたのだ。排ガス処理のカンケンテクノは、玉名市に新工場を建設。ケーブル加工の第一電材エレクトロニクスは九州初の工場を熊本県菊池に設けることを決めた。大和ハウスはTSMCの新工場建設に合わせて190億円を投じ、部品を納入する関連工場100億円、TSMC関連の事務処理棟40億円などの投資に踏み込むことを決めている。

 装置大手のSCREENは、TSMCの熊本新工場から20分のエリアにトレーニングエリアを建設中で、これは最先端半導体製造装置を学ぶ拠点を作るものであり、100億円の投資になる。フェローテック、ジャパンマテリアルもまた、熊本に新工場進出をアナウンスしている。加えて、材料大手のクラボウもTSMC絡みで新工場を作ることになるのである。

 そしてまた、熊本県下の中小企業も一気に動き出している。池松機工は、新工場をすでに立ち上げているが、さらなる増強に備えて新たな用地取得も考えられるという。京都の応用電機は、10億円を投じて熊本工場に新棟を建設し、近く本格的に設備導入の運びである。新日本ステンレス工業も新工場建設を実行し、今後の増産に備えている。

 「ここに来ての装置の引き合いはとんでもないものがある。半導体の市況自体は一時的にトーンダウンしているが、数年先まで装置の発注を止めないという傾向が非常に強くなってきた。どう考えてみても、熊本県下においてまたもや大型の工場新立地があるとしか思えない」

 これは筆者が親しくする大手装置メーカー2社の幹部が、先ごろ熊本を訪れた折に耳打ちした言葉である。すなわち、TSMCの日本第2工場建設地は熊本第1工場近辺の可能性が強いというのだ。今のところは5~10nmプロセスを採用し、第1工場近くに1兆円以上を投じて建設する方向で進んでいると思われるのだ。

 それはともかく、まさに新工場ラッシュが止まらない熊本県ではあるが、どう考えてみても、工場用地が足りない。そしてまた、人材育成が追い付いていない。道路などのインフラ整備も急がなければならない。企業誘致の恐ろしさを見せつける経済効果は、熊本県下に4兆円の富をもたらすと言われているが、これはもっと膨らむだろう。

 熊本県は、人材育成事業に10億3400万円を投入し、県立技術短期大学校の改修を進めている。そしてまた、熊本大学は新たなクリーンルームを設けて、人材育成に注力する姿勢であるが、2028年以降、熊本大学より毎年100人を超える人材を半導体関連企業に輩出する計画を立てている。そして同時に、内閣府の基金を使って熊本大学を中心とする研究機関、さらには県内の半導体関連企業が行う三次元積層実装製造プロセス技術・設計技術、および既存半導体技術の高度化に関する技術などについて、地域産業創生交付金を取り付けた。これはかなりの成果と言ってよいだろう。

 新たな工業団地の整備という点では、菊池市、合志市に24億9700万円の経費も計上している。そしてまた、車の渋滞が問題となっていることに対応すべく、熊本都市圏に3本の都市高速道路を整備する計画も動き出した。一見しては、TSMCインパクトを中心に熊本県一人勝ち、という様相も呈しているが、最大のボトルネックはとにかく人がなかなか採れない状況であることなのであり、この特効薬はなかなか見つからないことに、県当局は頭を痛めているのだ。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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