スマートフォン(スマホ)やPC市場の落ち込みで、苦戦を強いられている(株)村田製作所。だが中長期的な成長戦略は変更せずに投資を実行する方針で、シェアダウンに見舞われた高周波モジュールにも巻き返しの布石が成果を上げてきた。代表取締役社長の中島規巨氏に市場の展望や戦略を聞いた。
―― 2022年度は市況悪化の影響を受けている。
中島 通期売上高を1兆6800億円(前年度比7%減)、営業利益を2950億円(同30%減)と計画しており、減収減益を余儀なくされる。中国スマホの回復の遅れや半導体不足の長期化による自動車生産台数の伸び悩み、PCやタブレットのリモート特需の反動減など、複数のマイナス要素が重なった。景気減速に起因し、5G通信基地局の投資も遅れている。当社製品は様々な市場で高シェアを持っているため、全体的な景況感の悪化に大きく影響された。上期にサプライチェーンの混乱で顧客の在庫が積み上がったこともあり、下期は積層セラミックコンデンサー(MLCC)で調整に入っている。
―― 過去のダウントレンドと比べてどうか。
中島 以前の落ち込みほどの深い谷ではなく、1~3月期には底打ちを見込む。北米のハイエンドスマホも不振だったが事前想定の下限レベルであり、中国ローカルスマホほどの悪化ではなかった。ただ、本格回復がいつになるか読みにくいのが懸念だ。スマホは折り畳みや5Gなどの新機種発売が予定されているが、どれだけ消費者の買い替え需要を刺激するか様子を見る必要がある。
―― 23年の市場見通しは。
中島 上期は低調が続き、下期に徐々に回復に向かうだろう。スマホは数%程度の成長を想定する。自動車もパワーデバイスの不足感が続いており、前年比微増レベルになるのではないか。ただし、電動化や自動運転関連は高成長が続く。台数ベースの増加に加え、高性能化ニーズも強まっている。当社製品ではSiC搭載インバーター用のフィルムコンデンサーや、車載通信用モジュール、高精度MEMSなどの需要増加が期待できる。
―― MLCC生産調整の状況と今後の見通しについて。
中島 下期に80%を下限に能力を落とし、市中在庫の消化を図る。それ以上落とすと需要が回復した際に立ち上がりが間に合わなくなるためだ。工程負荷の大きな車載用に能力を振り向けて調整を進める。3月末までに在庫を減らし、その後需要の動向により操業度を戻すか判断する。ただ、本格的な回復は中国スマホの新機種が出る夏以降になるだろう。
―― 市況が悪いなかでの競争戦略は。
中島 スマホ、車載用ともにある程度の値下げ要求には応じていく。エネルギー価格高騰などでコスト的には厳しいが、シェアを重視して当社のポジションを死守したい。
―― 高周波モジュールは巻き返しを図ってきた。
中島 コロナ禍でシェアを落としていた北米スマホ向けは顧客との密着度を高めてきたことが功を奏し、23年モデルで想定以上の採用を獲得することができた。プラットフォームが変わる24年に向けた前哨戦では成果を出せたと考えている。また、中国スマホ向けの台湾メディアテック、韓国スマホの新規プラットフォームでも採用を獲得しているが、過去の在庫が併用されているため、いつ本格的に切り替わるかが焦点だ。
―― 次世代技術の本格採用のタイミングは。
中島 モジュール消費電力の劇的な低減が可能な「Digital ET」は、顧客から高く評価されている。ただ大幅な設計変更を要するため、実採用までは時間がかかりそうだ。一方、新高周波フィルターの「XBAR」はLTEやWi―Fiのバンド増に対応できる現状唯一の技術と評価され、24年モデルに採用される可能性が高い。北米だけでなく韓国、中国スマホにも広がりが期待される。
―― 樹脂多層基板「メトロサーク」の状況は。
中島 コスト力の強化により特性だけでなく価格でもMPIと勝負できるようになってきており、北米スマホで採用が増えてきている。23年度にはさらなる需要増に対応する予定だ。
―― リチウムイオン電池は需要が減速した。
中島 近年成長してきたパワーツールが下期に在庫調整に陥った。販売店などのサプライチェーンが複雑で、市中在庫の可視化が困難だったことが要因だ。ただし中長期では成長分野とみており、注力していく方針に変わりはない。
―― 全固体電池の製品化の進捗は。
中島 高温になる製造設備用で期待されている。ただし製造技術に課題があり、本格的に量産供給できるまでにはまだ時間を要する見込みだ。
―― 設備投資計画について。
中島 22~24年度に合計6400億円を投資する方針に変更はなく、23年度も2000億円程度の設備投資を見込む。設備の納入遅れによる期ずれは発生しているが、MLCCは年率10%の増強ペースを維持する。高周波モジュールも需要増加に備えて増強する方針だ。
―― 直近の市況を踏まえた中長期方針を。
中島 スマホから自動車分野へのシフトを以前から進めてきたが、車載エレクトロニクスの進化で今後数年間に移行がさらに進むだろう。ただし、スマホなど民生領域にも変わらず注力していく。MLCCで民生と車載を幅広く手がける企業はほかにないが、それは顧客ニーズが相反しており必要な技術も異なるからだ。今や中国企業の追い上げが激しいが、キャッチアップを防ぐには技術で3~4年分リードしなければならない。
当社は幅広い市場向けを手がけ、ボリュームゾーンも捨てない方針をとっている。スケールメリットは競争力の維持に重要だと考えており、競合に負けないためにも規模を維持する必要がある。
―― ソリューションビジネスの立ち上げについて。
中島 24年度までにスケーラビリティー化を目指しているが、いくつか候補が出てきている。作業者のバイタルセンシングや子どもの置き去り防止検知、自社工場で行っているエネルギーマネジメントシステムの横展開などだ。23年度にビジネスモデルを検討し、24年度には必要に応じて専従する事業会社の設立など具体化を進めていく。
(聞き手・副編集長 中村剛)
本紙2023年2月23日号1面 掲載