九州シリコンアイランドにはかつて、世界トップクラスの半導体量産工場があった。そのひとつは、九州日本電気(現在のルネサス川尻工場)であり、ニッポン半導体が世界トップシェアを獲っていたころの看板工場。DRAM量産でまさに世界1位の工場であったのだ。
その後、DRAM量産でめきめきと頭角を現してきた東芝は、九州の拠点である大分工場(現在のジャパンセミコンダクター)の一大強化を図っていく。東芝大分と言えば、九州日本電気を凌ぐ世界一のDRAM量産工場として君臨したのである。
時は移り、九州シリコンアイランドのトーンダウンの時期が長らく続いた。しかして、TSMCの熊本工場進出は、九州の復活に火をつけ始めた。肥後銀行は、この新工場の経済効果は4兆~5兆円にも及ぶと言っており、これに関連して、熊本を中心に九州一円に半導体関連の設備投資ラッシュが始まった。
TSMC絡みで120の新工場が一気に建設されるというサプライズの状況が出てきたのである。排ガス処理のカンケンテクノは、玉名市に新工場を建設。ケーブル加工の第一電材エレクトロニクスは、九州初の工場建設を決めた。さらにクラボウは、熊本県菊池市に20億円を投じ、研究開発・生産の新工場建設をアナウンスした。大和ハウスは、TSMCの新工場に合わせて190億円を投じ、部品を納入する関連工場100億円、TSMC関連事務棟40億円などの投資に踏み切る。
半導体製造装置部品で存在感の出てきた京セラは、長崎県諫早市に15万m²の用地取得を申し入れた。同社は、29年3月期までに売り上げ3兆円の達成を掲げており、設備投資は22年度に過去最高となる2000億円を断行した。
装置大手のSCREENはTSMCの熊本新工場から20分のエリアにトレーニングセンターを建設中、最先端半導体製造装置の操作を学ぶ拠点を作るものであり、100億円の投資になる。
TSMC熊本とは直接連動はしないが、半導体デバイスやその関連で工場新増設も一気ラッシュの気配を帯び始めた。シリコンウエハーで世界2番手の地位にあるSUMCOは、2015億円の大型投資を考えており、その中心は佐賀県伊万里の拠点工場になるのである。
東芝関連も動き出した。フォトカプラーで12年連続で世界シェアトップを走る同社は、福岡県豊前市の豊前東芝エレクトロニクスに設備投資を断行し、EV向け需要拡大を狙いに、2024年に生産能力を2割引き上げるのだ。フェニテックセミコンダクター鹿児島工場もフル稼働が続いてきたが、どこかの時点で生産増強を図る考えだ。三菱電機パワーデバイス製作所は45億円を投じ、新たな技術センターを立ち上げた。
大分県下においても、パワー半導体を中心にジャパンセミコンダクターが設備増強を着々と進めている。同社は、シリコンファンドリーに展開する考えもあり、今後の動向に多くの注目が集まっている。TOTOのセラミック事業部によれば、静電チャックを生産している大分県中津のTOTOファインセラミックスが新工場を立ち上げ、増産を進めている。またスズキは、すでに売り上げ110億円のカンパニーとなり、半導体装置部品のラインアップの拡充と設備増強を進めている。
SiCパワーデバイスで世界トップシェアを狙っているロームは、福岡県筑後にあるロームアポロに新工場を立ち上げた。トータルで500億円を投資し、なんと既存のSiC半導体生産能力の5倍を目指すというからして、大変なことになろうとしている。
そして極めつけは、CMOSイメージセンサーで世界トップのソニーが、熊本県西合志に約20万m²の工場用地を取得し、数千億円を投じて画像半導体センサーの一大量産工場を検討中であるというニュースが、水面下で飛び交っている。九州シリコンアイランドの特徴は、自動車産業とクロスオーバーすることにあり、これは世界全エリアを見ても稀有なことであると言える。そしてまた地政学的にも、中国、韓国、台湾、シンガポールに近いという利点は、何よりもの強みなのだ。九州シリコンアイランドの新たな栄光の時代は、今ついに始まったと言ってよいだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。