電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第515回

世界半導体はTSMCを中心に一大回転し始めたのだ!!


日本国内、アリゾナ、ドイツなど雨あられの設備投資ラッシュ

2023/1/20

 1987年2月のことである。台湾にTSMCという半導体カンパニーが誕生した。まったくのノーブランド企業であり、シリコンファンドリーという新しい業態で半導体分野に参入してきた。この時点で、世界シェアトップを走り、圧倒的強さを見せつけていたニッポン半導体は、このTSMCの誕生について当時、ほとんど問題にしていなかった。

 ところが、である。台湾TSMCは今や生産金額においては、世界のトップを走る半導体カンパニーに一大躍進したのだ。2021年の売り上げは6兆6000億円に押し上げて、前年比18.5%増の過去最高を記録した。

 2022年についてはもはやすさまじいとしか言いようがない。2022年第3四半期決算では、純利益が前年同期比80%増、売上高は同36%増と押し上げた。世界の半導体市場が減速する中で、データセンターやEV向けの先端製品が好調だったのである。驚くべきは、一気に増えている製品の大半を5nm、および7nmという最先端プロセスのデバイスが占めていたことである。おそらくは、TSMCの2022年売り上げは10兆円レベルになり、インテル、サムスンを抜いての世界チャンピオンになると思われる。

 そのTSMCが2022年末に台南市で3nmの最先端の半導体の量産を開始した。アップルのiPhoneやデータセンターに使われるサーバーに搭載するものであるが、5nm品と比較して処理性能が10~15%増、消費電力が30~35%減という優れものなのだ。歩留まりも非常によい。この3nmテクノロジーは5年以内になんと195兆円の最終製品の市場価値を持つという。そしてまた、25年の量産をめどに2nmの次世代トップの半導体新工場を計画中であり、台湾の新竹と台中に建設される見込みである。

破竹の勢いのTSMCは2023年も大暴れ
破竹の勢いのTSMCは2023年も大暴れ
 設備投資についてもすさまじい。TSMCの設備投資は2022年段階で5~6%増加しており、380億ドル程度になったようだ。各社が投資計画を縮小する中において、TSMCは2023年の設備投資もこの市場が低迷する局面でさらに増やしてくる。今のところは、2022年の4兆7000億円から5兆3000億円になる見込みであり、これは単一の半導体企業の単年度の設備投資としては過去最高レベルになる。

 そしてまた、海外展開の動きも急ピッチである。TSMCが熊本に新設する工場は、設備投資が1兆2000億円、300mmウエハーで月産5万5000枚を予定し、デザインルールは当初予想されたものよりもはるかに高レベルの10~20nmレベルに押し上げた。さらに加えて、日本の経産省の感触では、日本国内に第2工場を作ることを歓迎するとまで言っているのだ。一方、TSMCはつくば産総研の中にパッケージを中心とするR&Dセンターを立ち上げている。この量産工場も日本国内に作る可能性ありとの情報もある。総じていえば、日本列島に3~4カ所の量産施設を設けていく可能性が非常に高まってきた。

 米国においても設備投資拡大は止まらない。アリゾナの新工場は1兆5000億円を投じて建設に着手しているが、これに加えてこの新工場の隣接に新たな工場を建てることを決めた。これにより、アリゾナに投入する設備投資は5兆円に膨れ上がることで、バイデン大統領は感謝感激雨あられとまで言っているのだ。そしてまたTSMCは、ドイツ・ドレスデンにも1兆円を超えるような新工場建設を鋭意検討中だ。

 このTSMCの一気の世界展開には、様々な意味が込められているのであろう。一番考えられることは、中国が台湾に侵攻してきた場合、世界最先端であり、かつ生産金額で言えばもはや世界トップに上り詰めたTSMCの工場を中国に取られてしまうという危機感がTSMC自体にも、かつ米国をはじめとするNATOの国々にも広がっている。

 そうなれば、米国は世界シェア50%を持つ世界最大の半導体企業国であるが、生産そのもので言えば米国本土に世界半導体の10%しかないという実情がある。もし中国が台湾に侵攻し、TSMCを含めてUMC、ウィンボンドなど台湾半導体企業をすべて手に入れた上で、一方的にサプライチェーンを切ってきたとしたらどうなるのか。米国は軍事防衛、および安全保障という点でまったく中国に太刀打ちできなくなる。これがバイデン政権の言うチップ4、すなわち米国、日本、韓国、台湾で中国の包囲網を敷いて、中国半導体の発展を阻止するという思い切った戦略が出てくるのも致し方ないところではあろう。

 ところが、中国政府はここに来て、半導体産業の育成を目指した巨大投資をしばらく見合わせるという方向に出てきた。それは何と言っても、不動産バブルの崩壊によって中国政府も人民もルーズマネーが続いていることから、どうにもならないということなのだ。とまれこうまれ、世界の半導体はかつて問題にもならなかった小さな企業である台湾TSMCを中心に、一大回転し始めた。TSMCとフレンドリーな関係を築かない限り、どのような国も、どのような企業も発展することはできないというのが今日にあって、サプライズの半導体の新世界と言えるのではあるまいか。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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