古い昔の言葉に、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」というものがある。まさに身体を投げ出し、命も要らず、哲学を貫くというのは大変なことなのである。明治維新の最高の立役者である西郷隆盛は、「名前もいらず、金も要らず、名誉も欲しがらない」という男であった。こういう人でなければ、明治維新という大業は達成することはできなかったのである。
それはさておき、経済産業省がBeyond 2nmの次世代半導体の確保に向けて、体当たりともいうべき大型プロジェクトを実行するとぶち上げたことで、世間はそれなりに大騒ぎになっているようだ。「Rapidus株式会社」なる新会社を立ち上げて、次世代半導体の量産製造拠点を国内に設置するということを決め、国内主要企業からの大きな賛同を得て設立されたカンパニーといやさか大袈裟に喧伝している。しかして、その出資金を見て欲しい。キオクシア、ソニー、ソフトバンク、デンソー、トヨタ、NEC、NTT、三菱UFJ銀行の8社を合わせて、たったの73億円なのである。
70年代後半の国プロは画期的な成果を生み出した!!(産業タイムズ社刊/日本半導体50年史より引用)
言うこととやることが違うとはこのことだ、と思えてならない。筆者の脳裏には、1976年に700億円を投じて経産省が主導する形で超LSI技術研究組合を創った当時のことが思い出されるのだ。そしてまた、その前年には、NTTがまさに身体を投げ出す形で新型メモリーの64K DRAM開発に乗り出すと宣言し、ここにはトータル600億円が投入された。なんと、70年代後半にあって1300億円の国家プロジェクトを推進したのである。ちなみに、この頃の日本の半導体生産額は1600億円しかなかったわけであるからして、まさに政治家も行政も企業も、捨て身の勝負に出たのだ。
結果的に、画期的な装置であるステッパーの開発に成功し、かつ勝負球であるメモリーの量産プロセス確立もできたことで、80年代からニッポン半導体はひた走りに世界の頂点を目指していく。そして、1990年に半導体の世界シェア53%を握って、王国を築き上げたのだ。
そうした歴史を回顧した時に、今回発表の経産省による次世代半導体の研究開発プロジェクトの700億円という金額は、「ちゃっちい」としか言いようがない。これが身体を投げ出しての勝負とはとても思えない。なおかつ、現状で40nm以下の半導体は事実上作れないという3~4周回遅れの日本の半導体工場のプロセスを考えた場合に、2nm以下に挑戦するというのは見上げたものであるが、あまりに空恐ろしくて、筆者は身体がブルブルと震えるほどなのである。
筆者が親しくする女性アナリストにこの話をしたところ、「まったくもってその感想は正しい」と言われて、少しだけ得度した。そしてまた、業界人が集まる会合に2~3回出させていただいて、筆者の評価を述べたところ、お歴々の方々から、「君の言う通りだぜ!」とのお言葉をいただいた。
世界最強の半導体メーカーであるインテルですら、7nm以下のプロセスの歩留まりには四苦八苦しているのだ。ああ、それなのに、わが日本政府は楽々と2nm以下に挑戦!と言っておられるのであるからして、これは何とたまげたことであるか、と言うしかないのである。もちろん、このプロジェクトに関わっている方々は皆、優秀な方であり、筆者もよく存じ上げており、尊敬するに値するメンバーが多く加わっていることは事実だ。
筆者が一番言いたいことは、勝負する金額の桁が違うだろ!ということなのだ。最低でも現在の10倍の7000億円を投入すると言えば、そこに不退転の決意で臨むニッポン半導体、および日本政府の素晴らしい魂を感じることができる。EUVの露光装置が1台で数百億円、その前のプロセスであるArFの液浸露光装置ですら70億円はするという現状にあって、たった700億円で何ができると言うのだろう。
ちなみに、中国を代表するICT企業であるファーウェイは、2021年段階で売り上げは11.3兆円、しかして驚くなかれ、研究開発費は2.5兆円を投入している。なんと、売り上げの22.4%を研究開発につぎ込んでいるのである。研究開発への持続的な投資が、テクノロジーのブレークスルーを後押しするとはこのことだ。
ファーウェイの場合、2021年までの10年間の研究開発費は合計で15兆円を投入している。結果として、世界のデータセンターの基地局のトップシェアを獲っている。
こうした事実を見ても、今回の国プロで勝負する研究開発投資が700億円というのは、まったく納得できない。筆者が、強く提案したいことは、もっともっと思い切った投資をやっていただき、飛躍的なニッポン半導体の浮揚を図ってもらいたい、という一念に尽きるのである。
2021年段階における日本企業の世界における半導体のマーケットシェアはたったの8.5%しかない。起死回生の逆転を図るというならば、とんでもない異次元の大型投資がどうしても必要なのだ。
そしてまた、申し上げたいことは、半導体の約半分のマーケットを構築するデバイスである一般電子部品の32兆円マーケットにおいて、日本企業が占有するシェアは40%を大きく超えているということだ。TDK、村田製作所、日本電産、京セラ、オムロン、太陽誘電、日本航空電子などなど、世界で戦える企業にも、新工場建設の補助金を出してくれ、と力を込めて言いたいわけであり、身体の震えが止まらないまま、この筆を置くことにする。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2021年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。