電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第495回

米日韓台の「チップ4」には様々な問題が隠されている


中国包囲網を敷く米国はさらに日米半導体同盟の具体策も提案

2022/8/26

 「チップ4」という米国主導の特定国家つまりは中国排除の意図をもつ考え方が出てきた時には、正直言ってサプライズであった。たしかに、中国の半導体は最先端のものは作れないものの巨大投資を断行することにより、米国を一気に追い上げる体制を固めている。それにしても、米国主導型で日本、韓国、台湾を引き込み一種の半導体同盟を作ろうというのはいささか無理があるだろう。

 「チップ4」は米国バイデン政権が中国を除いた日本、韓国、台湾と共有する半導体サプライチェーンのネットワークである。この考え方が述べられた時に、まず第一に思ったのはアジアに依存する米国半導体の弱点が浮き彫りになったことである。現時点で世界の半導体生産(約65兆円)の生産の8割はアジアに集中している。国別で言えば、韓国は全世界半導体の生産24%、同じく台湾は23%、中国は15%、日本は14%を作っている。これに対して米国は世界の全半導体の10%しか作っていない。


 ここにきて重要なのは、韓国が世界の半導体の1/4を作っていることであり、台湾はそれに迫る勢いとなっていることだ。台湾は世界最大のシリコンファンドリーTSMCをはじめとして、米国の先端半導体を多く作っているところであり、ほとんど考えられないことであるが、中国が台湾に侵攻し手中におさめたとしたら大変なことになる。そういう状況下になれば、中国側からサプライチェーンを切ってくることも考えられる。国家の安全保障、軍事防衛を考えた場合に、追いつめられるのは米国なのである。

 また一方で、かつて半導体世界一を獲得し、王国を築いた日本は、マーケットシェアでいえば1990年に世界の50%を超えていた。とにかくやたらに強かった。半導体が強いだけでなく、GDPにおいてもあわやアメリカを追い抜くところまで来ており、筆者も知っている総合商社のトップはこのころ「泉谷クン、まあ見ていたまえ。アメリカのウォールストリートにある会社はすべて日本企業が札束でビンタして手に入れてみせる。わっはっは」とまで言っていたのだ。筆者は、ああこんなことを言っているようでは、いずれ日本の将来はダメになると心の底から思っていたが、バブル崩壊から30年経っても日本人の給料は上がらず、物価も上がらず、地価も低く、いわば先進国の中での一人負けとなっている。

 それはともかく、いまや日本の半導体生産は中国に追い抜かれてしまった事実も大きい。そして、中国政府が半導体関連企業の設備投資に対し、投資額の5割から8割ともいわれる巨大な補助金を今後も出し続けていくのであれば、もうどうにもならない。欧米はこれに対する歯止めをかける必要性があるのだ。そこでバイデン政権が打ち出したことはとにもかくにも中国を封じ込めるための様々な政策である。

 1つには、バイデン政権による半導体支援のための補助金政策であり、当面の5.7兆円を補助する法案は通った。これで米国内に1.5兆円規模の巨大な半導体新工場を20カ所建設し、中国に対抗する考えだ。まず動いたのは台湾TSMCであり、アリゾナに新工場を建設することを決定、次に韓国サムスンがテキサスに半導体新工場を建設することを決め、さらに投資追加する計画もある。いうところのバイデンによる半導体補助金は5.7兆円から7兆円まで引き上がるとみている。

 さてところで、「チップ4」に対しての韓国の腰は重い。なぜならば、韓国の2021年半導体輸出額のうち中国向け輸出は約7兆円もあり、約40%を占めている。二大メーカーのサムスン電子、SKハイニックスの売り上げにおける中国が占める割合も30%を上回っている。それゆえに、韓国政府は特定国家を排除規制しない方向へもっていきたいという意見なのである。

 弱腰外交で知られる日本は、当然のことながらこの「チップ4」にはいち早く賛意を表明している。それどころか、日米経済政策協議委員会つまりは「経済版2+2」の初会合を2022年7月29日に開き、次世代半導体開発について日米同盟をスタートすることも決めた。日本国内に新たな研究開発拠点を整備するわけだが、産業技術総合研究所、理化学研究所、東京大学などが参加し、米国側と協力し線幅2nm以下の共同開発を進めるというのだ。早ければ、2025年の稼働開始を目指すという。

 10nm未満の先進的な半導体の生産では台湾の占有率が90%以上になっている。中国が台湾を侵攻する有事を睨み、台湾依存からの脱却をはかるというものであるが、はてさていかがなものか。筆者は多くの専門家にこの「経済版2+2」はできるのかとヒアリングしたが、「それは大変困難なことだ」という意見が実に多かったのである。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2020年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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