(株)ジャパンディスプレイ(JDI)は、CEOのスコット・キャロン氏がかねて言及していた「まったく新しい次世代の有機ELパネル」を開発したと発表した。蒸着+フォトリソ方式で製造し、従来とは異なる発光素子構造を持つ「eLEAP」は、発光領域2倍、ピーク輝度2倍、寿命3倍を実現したという。技術の特徴や事業展開などについて、InfiniTech事業部 新規事業創造部 部長 前田智宏氏に伺った。
―― まずは「eLEAP」の特徴から。
前田 environment positive、Lithography with maskless deposition、Extreme long life、low power、and high luminance、Any shape Patterningの頭文字を用いて、eLEAPと名付けた。また、LEAPの「飛躍」という意味も込めている。
この技術における最大の進歩は、高輝度であることだ。従来と同じ電流密度で使用すると、ピーク輝度は2倍に明るくなる。逆に輝度が同じであれば電流を下げられることから、画素にかかる負荷が小さくなり、寿命を3倍にすることが可能だ。これは、開口率を従来の28%から、60%へと拡大することができたためだ。
従来のファインメタルマスク(FMM)方式は、RGB(赤・緑・青)の各画素が実際に光っている部分(開口率)が小さい。これは、サブピクセル同士の混色を防ぐために、隙間を大きく取って形成する必要があるからだ。原理的にも、色同士が干渉し合うリスクを内包しており、様々な場面でクロストークを発生させる要因となっている。
―― 具体的には、どのような構造なのでしょうか。
前田 eLEAPは特殊な素子構造により、原理的に混色することがなく、開口率を格段に大きくすることができた。
製造工程は、まず一色目の発光素子をガラス基板全面に形成する。その後、フォトリソでパターニングし、発光素子となる部分だけを残して除去する。次に二色目の素子を一色目の上から基板全面に形成し、フォトリソでパターニングして不要部分を除去して二色目の素子を形成する。これを繰り返すことで、RGBそれぞれが独立した発光素子ができる。
フォトリソ方式のため、原理的にはどんな大きな基板でも製造することが可能だ。画素間を極限まで細くできることから、有機ELでは難しいとされていた高精細化も容易だ。当社としては、VR向け液晶ディスプレーの領域である、2000ppiまでのポテンシャルがあると自負しており、次世代のVR向けに開発を進めている。
―― 除去する材料の無駄や、先に形成する色の暴露などは課題にならないのでしょうか。
前田 材料効率は、従来のFMM方式と比べると、同様の仕様や条件下で製造すれば、2割ほど改善する。従来方式は、メタルマスクを1μmのズレもないように高精度にアライメントする必要があり、その合わせ込みに相当な時間を要するため、材料を浪費していた。
一方、新方式はFMMを必要としないため製造効率が格段に改善し、コンディションの良い状態で素子が形成され、長寿命化にも寄与している。
―― マスクの洗浄工程がなくなるなど、環境負荷の低減も期待できますね。
前田 同技術でアピールしたい点の1つが、非常に環境ポジティブであることだ。従来では有機材料を用いてメタルマスクを洗浄するが、この工程が不要となり、排出設備の負荷も減るなど環境にやさしいプロセスだ。
当社の試算では、年間15万tのCO2排出量削減が可能になる(G6基板で月産3万枚換算)。これは、杉の木90万本分のCO2吸収量、東京ドーム3700個分の杉林の面積に相当する。
―― 製品展開は。
前田 この技術でなければならない分野を追求し、従来製品とのすみ分けを進めていく。1つは、フリーシェイプなディスプレーがターゲットだ。例えば、従来はできなかった斜めの線や生き物の形、雲のような曲線をディスプレーにすることが可能だ。
市場としては自動車向けが視野にあり、すでに引き合いも多い。コックピット内のデッドスペースでの活用や、特徴的な形のドアミラーなど、デザインの自由度を上げるディスプレー設計が提案できる。さらに、高輝度という特徴から有機ELの課題の1つである焼き付きの問題をクリアしており、車載は親和性の高い分野だと見ている。
このほか、タフな有機ELのため気兼ねなく高いピーク輝度で使うこともできる。例えば、ウォッチのように普段は輝度を落として常時点灯し、屋外で使うときは見やすくするために高輝度で点灯させるなど、場面場面で最適な使い方が提案できる。
―― 事業展開について。
前田 原理検証が完了し、G6ラインでのサンプル実証も終えている。現在はプロトラインが稼働しており、2022年中にサンプル出荷を開始する。また、並行して量産ラインも整備し、24年の本格量産に備える。詳細な投資額は非公表だが、当社のキャッシュのなかで100億円以上を投じてラインを設置する。
顧客とは、量産に向け開発スケジュールや仕様について協議を進めているところだ。また、3月に発表した、酸化物TFTのHMOやUHMOと組み合わせた展開も検討を進めている。
―― 技術供与については。
前田 G6サイズ以上でも量産が可能なため、G8、G10の工場を持つ企業に技術供与し、パートナー展開をしていきたい。
G10への展開で、テレビ向けでの採用も候補の1つではあるが、やはり、今ホットなのは、G8における高付加価値なPCやモニター向けだろう。高画質なディスプレーが求められている分野で、提案していきたい。
(聞き手・澤登美英子記者)
本紙2022年6月30日号6面 掲載