日本勢が黄金武器とするパワー半導体の設備投資がすさまじい勢いで展開されようとしている。驚くべきことに、ルネサスは閉鎖してしまった甲府工場に新たな投資をするというのであるからしてただ事ではない。
富士電機の5年間の投資総額は1900億円、三菱電機も同じく5年間で1300億円の投資が実行される計画となっている。東芝は、石川県で1000億円を投じてパワー半導体の新工場を構えている。さらにデンソーは三重のファンドリー工場(USJC)で増産をかけるなど一気のラッシュ状態が生じている。
パワー半導体はこれまで鉄道、航空機、さらにはエアコンなどの家電に多く用いられてきた。電力を節約する半導体であるからして、SDGs時代に対応した環境デバイスなのである。これまでは、1.5兆円くらいの小さな規模であったが、今後はEV、燃料電池車、ハイブリッド車などのエコカー需要が急速に拡大していく。
そしてまた、ロシア-ウクライナ戦争を契機に軍事防衛向けにも大きな需要が出てきた。こうなると、ここ数年のうちにも倍増の3兆円以上のマーケットが創出されるわけであり、各社は投資で先行したいとの気構えを見せている。
日本政府もパワー半導体を強化しなければならないと考えており、国を挙げての支援策をとっていく考えだ。投資に対する補助金の手当て、さらには開発に対する手当ても検討されている。少なくとも、ここ数年のうちに、日本企業が世界において40%~50%のシェアを握ることは絶対条件と経産省筋は言っているのだ。
ルネサスはパワー半導体に900億円の投資を決めており、閉鎖していた甲府工場を再開し、ここに300mmウエハーの新ラインを構築する。ルネサス全体の生産能力を2倍にしていく考えだ。
国内トップのパワー半導体メーカーである三菱電機は広島県福山の生産能力を増強し、25年度までの5年間で1300億円を投資することを決めている。東芝もまた、子会社の加賀東芝エレクトロニクス(石川県)にパワー半導体の新工場を考えており、ここには1000億円を投資する。富士電機は2019年度から2023年度までの5年間の投資額の枠を1900億円に拡大しており、特に青森の工場でパワー半導体の新ライン構築を断行するというのだ。
さらに加えて、デンソーは台湾のファンドリー大手のUMCが所有する三重工場(USJC)を活用して、300mmウエハーにおけるパワー半導体増強を図る。ここにもデンソーは出資する考えである。2023年上半期には300mmウエハーのIGBTを生産することもプランにはある。デンソーは自社内で培ったSiCパワー半導体をトヨタの燃料電池車向けに量産化することも計画している。この背景には中国政府がひたすらEVと言い続けてきた姿勢を転換して、燃料電池車も非常に重要という認識を持ち始めたことも大きい。
ロームはNEDIAの京都フォーラムにも出展し
パワー半導体をアピール
そしてまた、ロームは酸化ガリウムのパワー半導体で知られるノベルクリスタルテクノロジーに増資することを決めている。つまりは、ロームはSiCパワーでトップに立つことを計画するばかりでなく、酸化ガリウムも製品群に加えていくことで一歩抜け出したいという考えがあるのだ。
もちろん、いまやパワー半導体の世界チャンピオンとなっているドイツのインフィニオンも黙っているわけがない。巨大投資を断行している中国勢も、ひたすらパワー半導体にシフトするという姿勢を見せている。日本勢の投資ラッシュはすさまじく、外国勢には負けるわけにはいかないとの気構えはあるものの、巨大化するパワー半導体の世界戦争を戦い抜くことができるのか、と懸念する向きもあるのだ。どうあっても日本国政府は国内パワー半導体の増産加速については、手厚い補助を行う必要があると思えてならない。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2020年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。