電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第475回

ジャーナリストに必要なことは「複眼思考」なのだ!!


嘘で塗り固めた報道にノーというロシア国営TV局の女性のすごさ

2022/3/25

 いまや全世界に恐怖、悲しみ、哀れの情を抱かせるに至っているロシアのウクライナ侵攻は、新たな段階を迎えてきた。狂気とも言うべきプーチン氏の思うような展開になっていないのである。あれほどまでの報道管制をしているというのに、信じられないことが起きたのである。

 現地時間の3月14日夜、ロシア国営テレビ「第1チャンネル」のニュース番組の生放送中に、女性が乱入してきた。あろうことか、この女性は番組キャスターがニュースを伝える背後に立ち、「戦争反対」「プロパガンダを信じるな」などとロシア語と英語で書かれたメッセージを掲げたのだ。要するに、ロシアのウクライナ侵攻に、真っ向抗議するハプニングが起きたのである。

 この女性は、なんと第1チャンネルの編集スタッフであった。父はウクライナ人で母がロシア人というこの女性は、「長年にわたってロシアのクレムリンのプロパガンダに関与してきたことを深く恥じている」とカミングアウトしたのである。

 この様子を見ていて筆者は家人に「おお、何ということだ!!」と叫びながら、一方で、「俺も記者のはしくれだけどさあ、こんなことはできねえよな」と語ったところ、冷たい家人の声が返ってきた。

 「そうでしょうね。この女性は警察に連行されたのよ。まずもって死刑か無期懲役でしょうね。ロシア政府は決して許すわけがない。命をかけて正しいことをやってのけたのよ。あなたにはそれだけのスピリッツがないでしょう」(結果的には現状で罰金刑)

ラグビーが大嫌いな筆者は当たり前にワールドカップ礼讃の記事が書けない。
ラグビーが大嫌いな筆者は当たり前にワールドカップ礼讃の記事が書けない。
 家人にこう言われて、うなだれてしまった。40年に及ぶ記者生活を続けているが、幸か不幸か、命を狙われることはない。大誤報をやらかして、怒鳴り込まれたことは何回もある。また、自分が書いた記事がきっかけになって、会社を首になった人の泣きながらの電話を聞いたこともある。記者というものは辛いものだな、とは思っているが、このテレビ局の女性のように、自分の命を張ってまでの行為は、いまだかつてしたことがない。

 それにしても、報道というものの難しさというものを思い知らされた。正直言って、現在の日本のテレビ局の報道は、ひたすらウクライナは正義、そしてまた、ひたすらにロシアは悪漢、という形で描いている。

 もちろん、プーチン氏の行ったウクライナ侵攻は、国際法違反なのだ。そして、軍隊および軍の施設は撃つが、民家は撃たないと言っていたが、何のことはない。一般市民も、ジャーナリストも、医療関係者も、バンバン撃ち殺しているわけであるからして、プーチン氏が悪魔の手先のように描きたくなるのは当然のことなのだ。

 ポーランドに逃れてきた難民の女性たちや子どもたちが号泣する姿を観ては、ロシア政府のこの理不尽なやり方は決して許されることではない、とは筆者も思っている。ただ、物事は二つの側面から見なければわからない。もっと言えば、4方向、または5方向から光を当てなければ真実はつかめない。

 バイデン氏がオピニオンをリードするNATOは、ただもう一辺倒に、ロシア攻撃に向かっており、自らを正義の味方として位置づけているようだ。しかしながら、プーチン氏が主張しているのは、ソビエト連邦崩壊後に世界の再編が始まり、その時のロシアの主張をNATOは全然受け入れなかったという恨みがあるのだ。

 バルト三国をはじめとして、旧ソビエト連邦の支配下にあった国や影響の強い国については、NATO加盟を促進しないでいただきたい、とプーチン氏は明確に述べた。そして、これについては、NATO各国も暗黙の了解でそうしたロシアを刺激することは回避するとの意見が多かった。

 それにも関わらず、昔で言えば欧米列強とも言うべき国々は、ひたすらNATO加盟国を増やしていった。簡単に言えば、ロシアおよび中国の閉じ込め策に邁進した。力がなかったころは沈黙していたプーチン氏ではあるが、ここに来て、ウクライナがNATO加盟を目指す動きが明確になったことで、さすがにキレたのである。そして、あり得ない暴挙に出てしまった。

 さて戦争という非常時にあっては、ウクライナには今や当たり前のことがまったくできない。小さな家であっても、貧しい暮らしであっても、一つの家族が一緒に食卓を囲む幸福感は、何物にも代えがたい。そして近所の人たちと何気ない会話を楽しみ、ちょっとした買い物の面白さを味わい、そして誰かのためにおいしい食事を作るということが、ウクライナにあってはできないのである。

 何かとひたすら評判の悪いロシアであるが、それでもマクドナルドの全店閉鎖が決まった時に、失望感が一気に広がったと言われている。そして、おそらく「これが最後に食べるマックのバーガーとフライドポテトだよね」とか言いながら、何かをかみしめるようにして食べているロシアの子どもたちを見た時に、ああ、ここでも、当たり前のことが失われているのだと思ってしまった。

 報道における「複眼思考」とは、言うは易く行うは難し、とつくづく思う今日このごろなのである。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2020年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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