電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第429回

一筋縄ではいかない低伝送損失基板材料


複雑さが増す開発競争

2021/11/26

 プリント基板向け低伝送損失材料開発をめぐる各社の取り組みが活発化している。ミリ波帯(30G~300GHz)を使った5/6Gサービス対応の基地局やスマートフォンに搭載が本格的に見込まれているからだ。しかし、ベース樹脂材料の特性だけで簡単に決められる話ではなく、その樹脂材料の中に混ぜ込むフィラーや銅箔との貼り合わせ技術などがカギとなるケースがみられる。開発は複雑さの度合いを増している。

 基板材料としては、フレキシブルプリント配線板(FPC)とリジッド基板向けに大きく分けられる。

次世代基板材料の開発が急務に

 FPC用途では足元で、モディファイドPI(MPI)の新製品・市場投入が相次ぐ。既存のPI(ポリイミド樹脂)ベースのFPCの製造工程がそのまま使えるうえ、コスト的にも許容範囲だからだ。また、現状のサブ6(6GHz未満)の周波数帯では、それほど低伝送損失や吸水率の特性が厳しく要求されないという理由もある。しかし、ミリ波帯となると話は別だ。

 高周波などの高速伝送に対応するためには、誘電率(Dk)や誘電正接(Df)の値が、既存のベース樹脂とは桁違いのレベル値が要求される。特にその指標の1つにDf値が挙げられている。既存のリジッド基板材料の汎用材であるFR-4では0.02だが、最も高い特性がフッ素樹脂(PTFE)の0.001クラスとされる。次世代の高速通信向けの基地局などにはこの次元のDf値が求められているようだ。

 一方、FPC基板用途では代表的なPIのそれは0.004前後、液晶ポリマー(LCP)は0.002とあまり大きな差は認められないが、もう1つの大事な指標である吸水率(%)となると、PIの1~2%に対してLCP0.04%前後と歴然の差が認められる。吸水率が高いということは、「ハイウェイで、高速スピードで車を走らせる状況に似ている。大雨(高い吸水率)の状況ではスピード(高速伝送)が出せないのと同じこと」(FPC業界に詳しい関係者)と説明する。

 今後、ミリ波領域の5Gや6Gのサービスが開始されれば、リジッド基板では最もハイスペックのDf値を持つPTFE系やPPE系などが、そしてFPC基板向けではLCP系が重宝される所以だ。

 LCP基板は、2017年あたりから本格的にスマホのアンテナや高速信号処理が要求される部位に採用されるようになり、注目を浴びるようになった。特に村田製作所のメトロサークが有名だ。現状でも、高級スマホに搭載されている高速データ転送が可能なUSB周りやUWB向けアンテナ、WiFiアンテナ向けなどにしかこれらのLCPやMPI基板は使用されておらず、本格普及はこれからだ。しかし、これが準ミリ波の28GHz帯前後に移行すれば、既存のPIベースでは吸水率などの性能面で限界がくるとみられ、各社が低伝送損失基板材料の開発にしのぎを削っているのだ。

 実績では頭ひとつ、LCP陣営が抜け出している。量産実績で先行する村田製作所は材料から基板製造までの一貫体制を構築しているほか、クラレはLCPフィルムベースの銅張積層板(CCL)での供給体制も整えた。これら2社に加えて、新規参入メーカーも後を絶たない。デンカも押出成形によるLCPフィルムのサンプル提供を開始したほか、ENEOSは、このほどLCP領域では最高クラスのDf値を達成した製品を開発、基板用途を念頭に売り込み攻勢をかけている。30年をめどに同事業で100億円の売上高を目指す。また、千代田インテグレはLCPのフィルム化事業に乗り出しており、電気特性が要求される基板用途で、5Gミリ波対応品を開発中とみられる。LCP開発では老舗の住友化学も、いよいよフィルム化にしやすい新たな溶融加工性能を向上させた基板用途のグレードを21年度内にも上市する計画だ。

 LCP原料からコンパウンドまでをこなすポリプラスチックスは台湾・現地法人の高雄工場で、24年上期稼働をめどに年5000tの重合プラントを新設する。現状はコネクター向けの販売が主流だが、より電気特性を改善したペレット供給を開始、基板用途への本格参入を目論む。

 一方、PTFEは最も高周波対応に優れた素材として現在認知されているが、主にリジッド基板の形態で、使用環境が厳しく絶対的な信頼性が要求される宇宙・防衛関連など高性能レーダー向けに限定的に採用されている。最近は車載のADAS向けのミリ波レーダー基板としても採用が拡大している。しかしPTFEは、高価なうえ基板加工が難しいのが難点だ。このため、以前からPPEベースの熱硬化性樹脂を基本とした基材の開発・製品化が盛んだ。多層化しやすく高密度基板として提供しやすいからだ。回路基板への加工や小型化でメリットが大きく、業界内の一部ではすでに搭載事例もある。

クラレのLCP製FCCL
クラレのLCP製FCCL
 さらに、日本化薬などが提唱するマレイミド樹脂を使った低伝送損失基材の開発も熱を帯びている。同社は、厚狭工場(山口県山陽小野田市)で5G向けにマレイミド樹脂の製造工場を新たに建設した。20年4月から商業生産を開始、スマホや基地局向けに出荷を本格化する。数年後をめどに現在の事業規模を3~4倍に引き上げる計画だ。信越化学工業も、フッ素樹脂に迫る低誘電特性を持つ、高強度で低弾性の樹脂「SLK」の量産化を決めた。30億円で磯部工場に量産ラインを構築済みだ。

銅箔など各種材料とのすり合わせ大事に

 一方で、LCPなどの絶縁樹脂素材だけにスポットを当てるだけでは意味がないと指摘する関係者も多い。

 これら低伝送損失の基板材料として幅広く普及させるためには、さらなる使い勝手の向上が求められている。LCP原料に混ぜ合わせる低誘電のフィラーであったり、リジッド基板の場合にはガラスクロスなどの見直しも必要になるという。また、回路を形成するための銅箔もポイントになるという。高周波特性から、電気信号は基板材料の表層部を伝わることになり、できるだけ低粗度の銅箔が好まれるのだ。しかし、低粗度になればなるほど樹脂との密着性が失われてしまうため、形成した回路がはがれてしまうという不具合が発生するのだという。おまけにLCPやPTFEには他の材料と「くっつきにくい」という性質を持つ。

 このため、めっきなどの表面処理メーカーらも加工表面をできるだけ粗らさない薬品の開発を進めている。コストや手間暇の関係から、決定的な「新材料・新技術」にたどり着けていないのが現状だ。様々な材料との組み合わせや「相性」など、試行錯誤の段階といえる。言ってみればこれら各素材の“合わせ技”で課題解決に取り組んでいるが、なかなか各社、決定打が出てこない状況といえる。既存の基板製造ラインとの親和性や素材の高コストも足かせとなっていることも見逃せない。

 LCPの場合、特に基板用途ではフィルム化しやすい構造の樹脂設計・開発がポイントになる。参入メーカーは多いものの、現状ではクラレなど外販メーカーが限定されているため、今後の需要拡大に懸念を抱く業界関係者も多い。ミリ波帯の5G通信サービスが遅れている間は、顧客から安定供給を強く求められることはないが、ミリ波端末需要が期待される23年以降を念頭に入れて、低伝送損失基材各社は開発をより一層加速する必要がありそうだ。

 LCPやPTFEといったベース樹脂だけにこだわるのではなく、既存の基板製造プロセスとの相性や低コスト化対応ということを念頭に入れれば、ベース樹脂だけに頼るのではなく、低誘電フィラーやガラスクロス、低粗度の銅箔などといった素材同士の組み合わせが大事になってくることは明白だ。開発のハードルはますます高くなるが、これら複雑で様々な材料を上手に最適化できる組み合わせをいち早く見つけることが、次の市場でトップランナーになることにつながる。

電子デバイス産業新聞 特別編集委員 野村和広

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