世界各国が半導体の自国生産・域内調達の強化を図るなか、日本でもこの強靭化を進める「半導体デジタル産業戦略」が本格的に始動した。TSMCやインテルといった大手半導体メーカーの誘致合戦も世界的に過熱しており、こうした状況に日本はどう対処していこうとしているのか。戦略を陣頭指揮する経済産業省 商務情報政策局 情報産業課長の西川和見氏に現在の取り組みや今後の展望を聞いた。
―― 半導体デジタル産業戦略の基本となる考え方から伺います。
西川 デジタル庁の新設や民間のデジタルトランスフォーメーション(DX)活発化に見るとおり、日本がマストで成し遂げるべきは「デジタル化」だ。これを支えるデジタル産業基盤は、クラウドやセキュリティー技術、5G通信やデータセンターなどのデジタルインフラ、半導体をはじめとする電子デバイスで成り立つ。こうしたエレクトロニクス産業で日本は20世紀こそ強かったが、足元は海外に後れを取っており、もはや海外の協力なしで強靭化を成し遂げるのは難しいとの認識に立っている。
道路や橋梁と違って、デジタル産業基盤は国がすべてを整備することができない。また、資本主義や市場経済、民間の競争によってダイナミックに変化していくものであるため、国として産業や企業の競争力を強化する必要がある。
日本はこれまで、石油などのエネルギー資源や食糧などに関して、国が最大限のバックアップを行いながら、民間の力を活用して世界中から調達・確保してきた。日本社会を動かすために必要不可欠だからだ。そして現代において、半導体やデジタル技術はエネルギー資源や食糧と同じ位置づけにあり、同様の対処を要するものだと考えている。
―― 中国や韓国、台湾なども国家産業、国家計画として取り組んでいます。
西川 そのとおりだ。日本では、デジタル産業基盤の位置づけが他国に比べて曖昧ではなかったかとの反省はある。一方で、半導体に多額の国費をつぎ込むことに対し、エネルギー資源や食糧と同じようなコンセンサスが国民から得られる状況ではまだないと思う。重要性を理解していただけるように、経産省ではこの戦略に関して異例ともいえる大量の文書をすでに公開しているが、さらに議論を尽くし、説明する機会を多く設けるように努力を続けていくつもりだ。
―― 欧米でも国家が前面に出て半導体を確保しようとしている動きを踏まえ、日本も半導体を強化すべきという意義をどのようにお考えですか。
西川 理由は4つある。(1)技術がコモディティーではなくなっていること、(2)新型コロナウイルスの感染拡大、(3)カーボンニュートラル実現に向けた取り組み、(4)社会や産業のレジリエンス強化だ。
(1)は、米中の技術対立にみるとおりだ。10年前なら、一部の軍事用途に活用するものを除き、半導体はどこで製造しても問題にならなかったが、現在は信頼できるサプライチェーン下で製造したもの以外は使うべきでないという流れに変わった。日本の半導体産業は以前よりもシェアを落としてしまったとはいえ、世界的に見れば、半導体を製造できる国は依然として限られており、半導体を製造できることが先進国の証だとも言える。日本は現在の地位を維持・強化していくべきだ。
(2)によって、私たちは数年先に予想された社会を前倒しで経験している。「リモート」「非接触」技術の社会実装が進み、いざ使ってみると利便性が高いことも分かってきた。これをさらに普及・進化させていくインフラづくりに半導体は不可欠だ。
―― (3)は世界の大きな潮流になりましたね。
西川 米バイデン政権の誕生が大きく加速させたと思う。エネルギーの需給を効率化する「グリーン化」や「スマート化」は、デジタル技術と密接な関係にある。一方で、電力需要が確実に拡大するため、エッジ分散処理の導入やデジタル産業インフラの効率性向上が不可欠になる。特にデータセンターの需要量が大きくなるため、ロジックに限らずメモリーやパワーデバイスなど半導体全般の効率アップも不可欠だ。
また(4)について、デジタル産業基盤を支える半導体が不足すれば、今後は「政府が止まる」「水が出ない」といったリスクが社会全体に及ぶことを考慮しておかねばならない。すでに米テキサス州の寒波や日本での半導体工場の火災事故によって、私たちは半導体不足が及ぼす重大な影響に直面しており、そこから立ち直ることができる回復力の重要性を痛感している。
―― デジタル産業基盤を整備する担い手は。
西川 先述のとおり、必ずしも日本企業に限定しない。日本に技術やオペレーションの拠点を置き、基盤を支える役割を果たしていただけるのであれば、外資でも積極的に支援したい。ただし、経済安全保障のスクリーニングだけは常にかけておく必要がある。
―― すでに様々な支援策を打ち出していますね。
西川 「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」で2000億円、「グリーンイノベーション基金」で2兆円の補助を始めており、More Mooreの微細化プロセス、More than Mooreの3Dパッケージ技術をカバーして国研や装置・材料メーカーを巻き込んだ開発プロジェクトを立ち上げた。さらに7月から次世代データセンターの開発・社会実装を視野に入れた「次世代デジタルインフラの構築」プロジェクト、パワーデバイスや通信デバイスの開発に資する「化合物半導体産業戦略」も始動させた。まだまだ打てる手はあると考えており、補助金や税制などを活用し、補正予算などで順次実現していく予定だ。
―― TSMCが「日本への工場進出を検討中」とコメントしていますが、この進捗は。
西川 個別企業との交渉内容についてはコメントを差し控えるが、海外の先端ロジック/ファンドリー企業と交渉中であるのは事実だ。先端ロジックプロセスは現在の日本にない「ミッシングピース」であり、これを日本に是が非でも定着させたい。
現在の半導体不足や米中対立のリアリティーを考慮すれば、先端ロジック/ファンドリー企業は新工場を世界のどこかに建設する必要がある。他国も誘致活動を積極化しているが、水や電力といったインフラが整い、装置も部材も学術研究もエンジニアも豊富な日本には大きなチャンスがある。もちろん「工場を建てて終わり」ではなく、その先のイノベーションにも大きく貢献できることが日本進出の大きな魅力だと思う。
―― 業界内でも誘致実現に大きな期待があります。
西川 実現には、資金面を含めて、他国に匹敵する取り組みが必要だ。経済産業省としてその重要性をしっかりと訴え、広く議論していただけるように社会の雰囲気を醸成していきたい。電子デバイス技術で社会が変容しつつあるなか、自動車、データセンター、センサー技術によるスマート化などに関して日本には数多くの有力企業があり、将来にわたって次世代半導体の大きな需要がある。最近では、データセンターのストレージ技術として磁気テープや光ディスクが復権しつつあるが、この進化を支えているのも日本企業だ。建物の建築技術なども含めた総合力はきわめて高く、他国にはない魅力が日本にはある。まだ道半ばだが、日本に84ある半導体工場だけでなく、そこに関わるすべての中小企業やエンジニアを奮い立たせるような産業クラスターの底上げを成し遂げていきたい。
(聞き手・特別編集委員 津村明宏)
(本紙2021年8月26日号1面 掲載)