電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第444回

東京オリンピック2020の開会式は地味でかつ感動ものであった


日本の「おもてなしの心」を体現していたボランティアこそ金メダル

2021/8/6

 「多くのイベントが中止されているなかで、オリンピック開催などありえない」「新型コロナウイルスの感染急拡大のなかで、オリンピックなど見たくもない」「日本政府とIOCは人間の命をどう考えているのか」「オリンピックなど単なるお祭り騒ぎでしかない」

 こうした様々な世論が渦巻くなかで、2021年7月23日、東京オリンピックの開会式が開催された。この間の日本のメディアの対応は、かなりひどいものであった。ひたすらに新型コロナウイルスの恐怖をあおり、自粛を呼びかけ、そして57年ぶりの東京オリンピックを祝うムードなど全くなかった。それどころか、オリンピックをネタに自民党政権への攻撃、IOCに対する批判などを繰り返し報道していた。

 しかして、オリンピックの中国代表団の幹部が出した7月19日付のコメントは「日本の大会成功に向けた苦難に満ちた努力に感謝する」という内容であった。もちろん日本国民の多くは心の中で「なんとしてもオリンピックを成功させたい」との思いはやはり強かったように思う。それでも、積極的にオリンピックを支持し、称えるという言葉を出すことはためらわれるようななかにあって、この中国のコメントは出色のものであった。

 開会式のコンテンツについては賛否両論が多かったが、実際のところは206番目に日本選手団が登場すると、世界中の取材陣は一斉に席から立ち上がり、力いっぱい拍手をしていたのだ。新型コロナウイルス蔓延のなかで、とてつもない心労の上に、五輪開催を実行した日本への心からのエールであった。

 IOCのバッハ会長の出身国であるドイツは、日の丸を持って入場した。アイルランドは、入場したときに日本の文化を尊重するという意味でなんとお辞儀をしたのだ。もっとも筆者はカザフスタンの美人旗手、オリガ・ルイパコワの豪華ドレスの美しさに心を奪われワーワーと言っていたところ、家人に「あなたはオリンピックを何だと思っているの」とたしなめられてしまった。

 開会式全体の内容は、とにもかくにもひたすら地味系であった。世界的なパンデミックの状況を考慮して、極力派手なことは抑え込もうという意思が明確であった。素晴らしかったのは、オープニングのパフォーマンスである。オリンピックの出場を逃した人がひらすらに練習に打ち込む姿からそれは始まり、世界のアスリートたちがそれだけの困難を乗り越えてこの大会に集結したのかという思いがはっきりと伝わって来た。

東京オリンピックのエンブレムは多様性と調和を象徴する「市松模様」
東京オリンピックのエンブレムは
多様性と調和を象徴する「市松模様」
 そしてまた、歌舞伎とジャズピアノの組み合わせというユニークな演出はとりわけ外国メディアが褒めたたえていた。年配の人たちにはあまり受けなかったようであるが、開会式の音楽は日本が得意とするゲームのテーマ曲がいっぱい使われており、これは海外では相当の評判を呼んでいたのだ。国内のかなりの人が、オリンピック独特のサプライズな仕掛けを期待していたが、これを封じたうえで世界に発信した開会式の模様は海外メディアにははっきりと届いた。「日本だからできた。東京だからできた。必死の思いでこぎつけたこの開会式は荘厳ですらあった」という声が多かった。

 唯一と言ってよい派手系の演出は、1824台のドローンを使った東京2020のシンボルマーク、そして地球をかたどった光群が国立競技場の上に、上がったことであった。このドローンは世界半導体ランキングの第1位であるインテルが作ったものであり、同社の半導体技術、そしてシステム技術を世界に示すものであった。

 とにかく抑えに抑えた演出でも、日本らしさが出ていた。筆者と家人が繰り返し感動の声を出していたのは、ボランティアの人たちの素晴らしい対応であった。無観客の中に入ってくる選手団は手を振る対象すらない。ボランティアの人たちが3時間以上にもわたってひたすら手を振り、拍手をし続けることだけが救いであったのだ。日本という国が世界から称えられる「おもてなしの心」を力の限り体現していたボランティアの人たちこそ、金メダルと思えてならなかったのである。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2020年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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