電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第440回

半導体一筋のもの書き人生は、これからもずっと続いていくのだ


時あたかも新国家プロジェクトが登場し、政府は本気になって復活ののろし

2021/7/9

 母が亡くなる日の少し前のことであった。彼女が保存していた自分の小学校時代の文集が出てきた。先生から与えられたテーマは「将来の夢」ということであった。小学校6年生の時の作文を読み返してみて、非常に驚いた。そこには「私の将来の夢は、編集長になることです」としたためてあったからだ。

 しかして自分は、大学において文学部には進まなかった。多くの友人たちが、法科はどんなところでも就職がしやすく、潰しが効くと聞いていたからだ。東京大学は見事に落ち、浪人した挙句に中央大学法学部に進んだが、思いどおりにはならなかった。大学2年生の文化祭の折に、とんでもない人物に出会ったからである。ジーパン姿で下駄をはいて、その人物は現れた。天才詩人と言われた寺山修司である。その人の言葉に自分は打ちのめされてしまったのだ。いくつかあるが、それは次のようなものであった。

 「人は、空を飛ぶ鳥の姿に目をとらわれて、背後にある空の青さに気が付かない」

 「肖像画に髭を描いてしまったので、仕方なく髭を生やすことにした」

 「実際に起こらなかったことも歴史の1つである」

 ここから、人生のロードマップが変わってくる。法律の本などは捨てて、ひたすらアンダーグラウンドの演劇を見始めた。寺山修司の本を何回も読んだ。朝から晩まで、映画(エロ映画が多かったが)を見続けた。

 大学はさぼり続け、留年してしまった。アルバイトばかりをしていた。横浜関内の深夜レストラン「カウベル」、大田区蒲田のキャバレー「ナイトペット」、ホテルオークラのメインバー「ハイランダー」など夜のご商売ばかりであった。そこには、中小企業の町工場のおやじたちが女の子をかきいだいて、軍歌を歌う姿があった。クラブがはねた後で、踊りにきたホステスを口説きまわるホストクラブの男たちの生臭い息があった。ホテルのバーでは有名な作詞家、音楽家、画家、芸能人、一流会社の重役たち、そしてセレブのお嬢様や奥様たちのさんざめく会話があった。

 あの頃から膨大な年月が流れたが、今は少年の頃の夢であったもの書きや編集の仕事に就いている。だが今でも仕事をしているうえで、その頃見た光景が自分のルーツの中に強烈にある。「男と女とは何か」「社会とは何か」「人生とは何か」「世界とは何か」を頭の中に叩き込まれた日々であったからだ。

 取材で飛び回っている時にも、こうした言葉が頭を離れない。代表取締役社長から代表取締役会長になるが、「生涯一記者」としての生き方をこれからも続けていこうと思っている。産業タイムズ社に入社した動機は、とても楽な会社に思えたからだけのことであった。19歳で市民劇団を作り、その活動は今も続いている。演劇と仕事を両立させることが何よりも重要であった。それにしても、30冊の本を書き上げることになるとは夢にも思わなかった。

泉谷渉が書き上げた「日本半導体産業 激動の21年史」は上・下巻揃えで9月に発売!!
泉谷渉が書き上げた
「日本半導体産業 激動の21年史」は
上・下巻揃えで9月に発売!!
 さて、2年余りにわたって、電子デバイス産業新聞に書き続けてきた連載企画の『日本半導体産業 激動の21年史』が7月8日の号でようやくにして終了する。登場人物はゆうに1000人を超えているだろう。登場する企業数も500は超えている。もっとも筆者は、この本の前に『日本半導体50年史~時代を作った537人の証言』を共同執筆ではあるが、メインで書き上げた経験があるだけに手慣れた仕事ではあった。

 日本企業の半導体の世界シェアは、最盛期の50%強(1990年当時)から、今や10%強まで落ちてしまった。これは実のところ、日本経済の後退と見事なまでに同期している。すなわち、ニッポン半導体が負けたことは、日本という国家が負けていくことにつながっていた。

 しかしながら、ニッポン半導体もここにきて復活ののろしを上げてきた。東京大学では、黒田教授率いるシステムデザインセンターが旗揚げをして、日本を代表する半導体企業、装置企業、材料企業に結集を呼びかけ、なんと消費電力1/10の超先端半導体で世界最先行すると言い出した。この裏には経産省の新国家プロジェクトが隠されている。

 自民党の中にも半導体議員連盟が作られて、甘利明会長は安部前首相、麻生副総理を左右に従え、こう言ってのけたのだ。

 「半導体を制する者が世界を制する」

 はてさて、遅すぎた感はあるものの、ようやくにして日本政府は半導体に数兆円をつぎ込む構えを見せ始めたのである。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2020年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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