電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第439回

政府自民党は「半導体を制する者は世界を制する」と叫んだのだ


異次元とも言うべき数兆円を投入してニッポン半導体の復活を図る政策

2021/7/2

 「半導体を制する者が世界を制する。今や小規模の半導体産業の支援策ではどうにもならない。米国・欧州といった他国に匹敵する規模の予算措置を早急に講ずべきである。国内の半導体工場の新増設を国家事業として主体的に進めるべく、数兆円を投入する構えだ」

 2021年5月27日のことである。自民党の半導体戦略推進議員連盟は高らかにこう語ったのだ。いや、もしかしたら叫んだのかもしれない。しかして、言うだけはタダである。本気になってこれをやる根性があるのかというところには、いささかの疑念を抱かざるをえないと思っている人は多いだろう。

 この半導体戦略推進議員連盟の会長は甘利明氏であり、右側に安倍前首相、左側に麻生副総理を従えて、堂々と語った言葉であると聞いている。こうした動きをサポートすべく半導体・デジタル産業戦略検討会議が組織されているが、この座長は東京エレクトロンを世界的な半導体製造装置メーカーに躍進させた功績者である東哲郎氏が就任している。産業界からはデンソー、NTT、富士通、日本電気、楽天モバイル、Preferred Networksが参加している。半導体関係では東京エレクトロンの河合俊樹社長、JSRの川橋信夫社長、ルネサス エレクトロニクスの柴田英利社長、キオクシアの早坂伸夫社長、アドバンテストの吉田芳明社長が出席している。


 2年前の秋のことであるが、ニッポン半導体の奇跡的な躍進の立役者である垂井康夫氏を招き、電子デバイス産業新聞のセミナーで講演していただいたことがある。垂井氏は1976年から始まった超LSI技術研究組合の共同研究所の所長の任にあった人だ。日本を代表する半導体メーカーが一堂に揃ったこの国家プロジェクトは、トータルで700億円を投じるものであった。これに先んじてNTTは1975年に同じく超LSI開発プロジェクトをスタートさせており、そこには400億円が投入された。両プロジェクトがスタートする前の1976年当時、国内のIC売上高はわずか1649億円でしかなかったが、このIC産業に何と両プロジェクト合わせて1100億円が投入されたわけであり、まさに官民を挙げていかに半導体に命を懸ける姿勢であったかがうかがわれる。

 今回の経産省の新たな半導体戦略を見れば、日の丸半導体凋落の要因は、日米貿易摩擦によるメモリーの敗戦、日の丸自前主義の陥穽、設計と製造の水平分離の失敗、デジタル産業化の遅れ、国内企業の投資縮小などを挙げているが、肝心要の大規模な国家プロジェクトを政府がこの十数年間にわたって推進してこなかったことは、文面から省かれている。

 もっとも、この70年代の超LSIプロジェクト以降、政府は何もやってこなかったわけではない。2001~2005年までは、60nmのシステムLSI開発を進める「あすか」に840億円を投じて実行した。また45nm世代に対応する次世代半導体の開発を行う「MIRAI」には200億円を投じた。これは2001~2007年に実行された。さらにシステムLSIの製造のためのシステム構築を進める「HALCA」には80億円が投じられ、2001~2003年に実行された。

 その他にも「DIIN」「ASPLA」などのプロジェクトがあり、露光関係では極端紫外線露光システム技術の確立を目指し「EUVA」が2002年からスタートした。6つの半導体国家プロジェクトがぶち上げられたのであるが、正直言って、これはニッポン半導体を復活させるにはほど遠いという成果内容であった。とりわけ「EUVA」では新たな露光システムを研究したにも関わらず、結果的に欧州のASMLが現在のEUV露光機のシェアを独占することになり、日本のキヤノンやニコンは全く手も足も出なかった。

 それはともかく、垂井康夫氏は前記のセミナーの中で鋭い視線で声も張り上げ、強くこう語ったのである。
「今こそ血を流し汗を流しての巨大な国家プロジェクトが必要だ。一体この十数年間何をやっていたんだ。死に物狂いで戦わなければニッポン半導体の復活はおぼつかない」

 かつての国家プロジェクトの主役の一人であった垂井康夫氏に一喝されて、会場にいた経産省の幹部、東芝の幹部などは皆頭をうなだれていた。その光景を目撃していた筆者は、垂井先生の予言はいずれ当たるだろうと心の中では思っていた。とにもかくにも、国家が本気になって半導体プロジェクトを進めなければ、日本はひたすら負けるばかりの戦いになるのだ。

 1988年における日本の半導体産業の世界シェアは50.3%に達し、半導体の生みの親である米国の38.8%を大きく引き離し圧倒的な強さを見せつけていた。現状で力を持ち始めた台湾、韓国、中国などのアジア勢のシェアはたった3.3%でしかなかった。1992年の世界半導体の売り上げランキングを見れば、1位は米インテルに譲ったものの、2位にNEC、3位に東芝、5位に日立、7位に富士通、8位に三菱電機、10位に松下電器産業が入っており、何とベスト10のうち、日本企業が6社も占めていた。

 これが2019年段階になれば日本の持つ半導体シェアは5分の1に縮小し10.0%しかないのだ。米国はダントツのシェアを持っており、50.7%を占有している。力をつけてきたアジアも22.2%のシェアを持ち、さらに上昇気流にある。ちなみに2019年の売上ランキングでは、日本勢は第9位にキオクシア(旧東芝メモリ)が入っているだけなのである。

 とまれこうまれ、このままいけばニッポン半導体のさらなる凋落すら考えられる現状を見れば、政府自民党の言うとおり、断固として「半導体第一」を掲げる産業政策を強烈に展開すべきであろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 代表取締役 会長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』(以上、東洋経済新報社)、『伝説 ソニーの半導体』、『日本半導体産業 激動の21年史 2000年~2020年』、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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