商業施設新聞
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No.808

「無駄」が収益を生む時代


高橋直也

2021/6/1

ニューヨークのエースホテル(2017年撮影)
ニューヨークのエースホテル(2017年撮影)
 本紙5月18日号で、脱炭素社会へ向けたデベロッパーや小売り企業の取り組みをまとめた。例えばセブン&アイ・ホールディングスは今秋、大阪府松原市に大型商業施設「セブンパーク天美」を開業するが、館内で発生した生ごみを発酵させ、発生したメタンガスを電気と熱に変換して館内で利用するという。また、三井不動産は首都圏で所有するすべての施設で使用電力のグリーン化を推進する。同社は首都圏でオフィス、商業、ホテル、物流施設など約120施設所有しており、本気の度合いが伝わる。少し前まで、環境配慮は「お飾り」や「手が空いている範囲」でやっているように見えた。ところが昨今は様々な事業者が力を入れてやっていることが伝わってくる。

 この記事をまとめていた際、商業施設のコンセプトづくりや、クリエイティブデザインなどを手がける人を取材したときのことを思い出した。今後の商業施設に「無駄を作ることが求められる」という話になったのだ。取材をした当時、エースホテルの日本上陸が話題になっており、日本にはエースホテルのような広く、多くの人が集まれるラウンジを設けたホテルが少ないという話になった。ビジネスホテルのオペレーターはいかに稼ぐための床=客室数を増やすかを考えてしまい、その結果、似たような施設ばかり増えてしまう。結果的に集客力が付かず、稼ぐことに結びつかない。ラウンジという直接の収益は生まない、ある意味「無駄」ともいえる機能こそが、供給過剰やオーバーストアの時代には求められるということだった。環境配慮に向けた投資も直接的な収益には結び付かないだろう。ところが、事業者の動きをみると本気だ。多くの人が環境配慮に興味を持つようになり、環境のことを無視することは企業や施設のブランドを損なう。環境への配慮は、収益を生まないように見えても、結果的に企業の価値向上につながり、施設や商品が選ばれることにつながっていく。少なくともそういう時代が近づいていると感じる。

 モノが溢れ、コロナ禍でECが一気に普及し、様々な企業がECへより注力する方針を示している。そんな中、三井不動産などが福岡市の青果市場跡で大型商業施設を開発しているが、ここでは200mトラックを有するスポーツパークなど様々な広場を設ける。恐らく多くの広場、もしくはすべての広場が入場料などは取らない=直接は収益を生まない場所なのだろう。しかしこうした開放的な空間や体験を生むスペースがあることで、ECにはない価値を提供できる。

 ただ、こうした体験の作り方もどんどん磨かなければならないのではないか。コロナ禍以前、様々なデベロッパーが飲食店はネットに提供できない価値であり、施設に足を運ぶ動機になると述べていた。ところがUber Eatsをはじめとした飲食店のデリバリーが普及し、必ずしもネットに提供できない価値ではなくなった。これからの飲食店は食べるだけの機能でなく、ライブ感、集まって食べる賑わいの場などの価値なども求められる。こうした付加価値を生む場所、スペースには直接的な収益に結びつかないものもあるかもしれない。しかし、そこに投資をしなければ勝ち残れない。商業施設運営はますます難しくなるが、作り手としては腕の見せ所だろう。取材する側としても新しい取り組みが増えそうで、わくわくする。
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