日本のTV放映の歴史上で最高視聴率をとったスポーツ番組をご存知であろうか。それは女子サッカーのワールドカップ決勝戦ではない。ファイティング原田のボクシングバンタム級二階級制覇の戦いでもない。それは、今から49年前(つまりほぼ半世紀前)の東京オリンピックにおける女子バレーボール決勝戦なのだ。
この世紀の一戦は、宿敵の強豪ソ連の強烈スパイクを拾って拾って拾いまくるニッポン女子の「回転レシーブ」に世界の注目が集まった。その耐え抜く姿にみんなが涙したのだ。背も高くなく、体力でも劣り、スパイク力も強くない日本勢は、ただひたすらにソ連の攻撃に耐え続けた。敗戦の焦土から立ち上がったニッポンにとって、この昭和39年(1964年)の東京オリンピックが世界の舞台に復帰する最高のきっかけとなったのだ。そして、女子バレーの金メダルは、それを象徴する出来事であり、日本中が固唾を呑み、叫び、大騒ぎしたことを、子供ながらに良く覚えている。
昭和30年代カルチャーは
貸本屋の存在と“鉄腕アトム”
先ごろ、「黄金の昭和30年代」をリアルタイムに体験すべく、大分県の豊後高田に出かけてみた。映画のセットではない当時の街のありようがそのままに残されていることには、少々のことでは驚かないさすがの筆者ものけぞってしまった。くじらカツをほおばり、ラムネを飲んでいたら、フロントにボンネットのある昔のバスが通り抜けていく。記念ミュージアムに行けば、なつかしの貸本屋(筆者の子供のころは、まんが本を買わずにレンタルで読んでいたことが多い!!)には、鉄腕アトム、鉄人28号が置いてあり、月光仮面、赤胴鈴之助、キューポラのある街、ゴジラなどの映画ポスターが所狭しと飾ってある。
日本の高度経済成長の足がかりとなった昭和30年代は、長嶋茂雄がデビューし、石原裕次郎が「イカスゼ!」とつぶやき、美智子様が皇太子(現天皇陛下)を、「ご清潔で、おやさしくていい」と評し、「男ならああ言われてみたいよね」と周囲の大人たちがTVを見ながらため息をついていた時代であった。新日鉄は世界トップに向かってひた走り、東芝、松下をはじめとするニッポン電機産業は家電ブームに沸き、大躍進を遂げていった時代でもあった。東京タワーが立ち上がって行った昭和30年代を描いた「三丁目の夕日」は、ニッポンにもこんな時代があったのだ、という感銘から若い世代にも受け、シリーズ化され大ヒットを続けている。
それはさておき、筆者はこのほど『図解シェールガス革命』という本を書き上げ、6月25日に東洋経済新報社から全国書店で発売されることになった。実に21冊目の本である。シェールガスをテーマにした本としては、昨年12月に上市した『シェールガス革命で世界が激変する』に続く第2弾となるものだ。今回の本ではシェールガス革命が与える世界の政治・経済・社会の一大変化を分析する一方で、とりわけ日本企業に超追い風となる現象を細かく取材し書き込んだ。
シェールガスから大量のメチルアルコール(水素の材料)が採れることから燃料電池車の開発・量産が加速する。燃料コストが下がることから、宇宙航空産業が300兆円の巨大市場構築に向かっていく。再運航になったボーイング787は850機を作る計画であり、1機あたり200億円としても実に17兆円の生産額となる。このうち、30~40%の部品・材料は日本企業が受注するといわれている。とりわけ、利得を得るのは三菱重工業、川崎重工業、IHI、富士重工業といった重厚長大型の素材企業だ。ボーイング787だけで日本の部材企業に落ちる金は何と6兆円以上、これに対し日本の半導体企業11社の今年度売り上げ見通しは3兆8000億円、要するに何かの潮目が来ているのだ。
シェールガスの圧力容器はほとんどが炭素繊維であり、世界シェアの70%以上を握る東レ、帝人、三菱レイヨンといったメーカーにはもってこいのチャンスだ。昭和30年代に大隆盛を迎え、その後トーンダウンしていった繊維産業に再び春が来るのだ。シェールガスを液化して使うLNGプラントは、日揮、千代田化工、東洋エンジニアリングがまさに世界の頂点に立つ技術で席巻している。LNG船の大量増産が見込まれるため、ユニバーサル造船、今治造船などといった造船業界にもようやく春が訪れようとしている。日本の最先端技術を駆使する鉄、アルミの世界にもシェールガス革命の正のインパクトが強く働いてくる。
これで、お分かりであろう。あの東京オリンピックから約50年の歳月を経て、ニッポンの重化学工業がシェールガス革命の追い風を受けて復活を遂げようとしている。時あたかも、この50年間を引っ張ってきたニッポンの電機産業が不調のど真ん中にいるというのに、かつてのエース達が再びマウンドに戻ってきたのだ。
しかして、筆者が米国発の「シェールガス革命」は、日本で花開く「三丁目の夕日革命」だ、と呼ぶゆえんである。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。