「わが国の全製造業出荷額は約290兆円に達している。このうち半導体素子・集積回路製造業は5.9兆円であり、全製造業の中でたったの2%のシェアしかない。しかしながら、世界の自動車やエレクトロニクス製品に幅広く使用されるなど、国際的なサプライチェーン確保の観点からきわめて重要な産業なのだ」
こう強調するのは、経済産業省において半導体など電子デバイス全般の戦略担当の前線に立つ師田晃彦氏(デバイス産業戦略室長)である。一方、従業員数で見ても、国内全製造業に従事する人口が766万人いるなかで、半導体素子・集積回路製造業は何と12万8000人しかいない。これまた全体の1.7%しかないのだ。かつて東京大学で半導体など先端開発の指揮官として活躍した南谷崇氏(現キヤノン顧問)は、「国立の工業系で電子デバイス関連の卒業生は毎年1万人。こんな有様では13年間で一巡してしまう」と嘆いている。
半導体産業は世界全体で見ても約30兆円市場で、必ずしも大きな産業ではない。しかしながら、すべての産業の心臓部分となる知的財産を担っており、半導体のもたらすインパクトはとてつもなく大きいのだ。TV、コンピューター、携帯電話など世界のエレクトロニクス産業153兆円(JEITA調べ)のコアとなっており、宇宙航空、自動車、産業機器など他産業に多くの恩恵をもたらしている産業となっている。
また、わが国の売上高物流コスト比率を見てみれば、半導体産業のもう1つの姿が浮かび上がってくる。半導体・電子部品の物流コストは、他の分野に比べてとんでもなく安いのだ。自動車の物流コスト比率は約2.8%、家電・AVは約3.4%、これに対し半導体・電子部品は約1.4%しかないのだ。理由はいたってシンプル、何しろ軽くて小さい製品であるから、大量に運んでも物流コストは非常に安くて済むのだ。
「物流コストが安く、しかも資本集約型の産業であるだけに、半導体産業は本来、国内生産に向いているのだ。ここ数年来の円高によって海外工場シフト、もしくは海外ファンドリーの活用が増えているが、円安が一気に加速する現状にあっては、半導体こそ国内に工場立地すべきなのだ」(師田室長)
さて、半導体産業の後退が続いているが、貿易統計を見れば、わが国輸出額の約1割(6兆円)を占めており、いまだ貿易収支を支える一大輸出産業の地位は変わっていない。国内の川上川下産業双方に大きな影響力を有するサプライチェーンの中核産業であり、東日本大震災のときに半導体工場被災で大きな影響が出たことは記憶に新しい。世界の半導体売上高における日本のシェアはここに来て一気に後退しており、2012年時点では多分17%くらいしかないだろう。今やこの分野では米国がぶっちぎっており、実に53%を超えている。また、韓国は約15%となり、世界2位の日本を今にも追い抜こうという展開となっている。
ところがどっこい、なのである。ここに来ての超円安加速はすべての状況を変えてしまうかもしれない。何しろ、半導体素子および集積回路の輸出比率は70%以上となっており、円高は企業収益の悪化に直結するのだ。日本勢は短期的な減産を繰り返し、中長期的には設備投資抑制を余儀なくされてきた。これがシェアの大幅低下につながってきた。一方、韓国の半導体産業は円高・ウォン安を追い風に、この間シェアを大きく上げてきた。サムスン躍進の最大の要因は、市況が大きく落ち込んだ時にも積極的な設備投資を断行することにあり、この繰り返しでシェアを一気に拡大させてきたのだ。
すでに自動車産業においては、円安効果が歴然としてきた。トヨタと現代自動車は、中級車市場で世界各エリアにおいて激しく戦ってきたが、ここに来てトヨタが勝利を収めるケースが多くなり、現代は業績が急速に悪化している。「同じ価格なら、やっぱり日本製を買う」というユーザーは、世界に満ち満ちているのだ。高機能、高品質では日本勢に多くの利があり、一方で最大ネックは高価格ということにある。円高が続いていたことで、日本勢の価格競争力が著しく弱くなっていたことは否定できない。
円安がさらに進み、1ドル100円を大きく超えてくれば、今度は日本の家電産業、さらには輸出中心の半導体に価格競争力がついてくる。これまで負け続けた大型商戦で巻き返すチャンスが生まれてきたのだ。今や全製造業の2%しかない日本半導体は「小さな巨人」として再び生まれ変わる環境が出てきたといってよい。しかしながら、せっかくのチャンスも“戦うスピリッツ”がなければ何も生まれてこない。「機に乗じて敏速に動き、一気にたたきつぶせ!!」と雄たけびをあげていた80年代ニッポンのスピリッツを、今こそ取り戻さなければならない。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。