「神戸」という名を聞けばなぜか身構えてしまう。そのエリアに恐ろしい人物や怪獣がいるからではない。メリケン波止場における痴情のもつれを経験したわけでもない。それは筆者が横浜生まれの横浜育ち、つまりはバリバリの浜っ子であることに由来する。
中学校の上級か、高校の上級の時であったかは定かではないが、あるとき筆者の担任の教師はホームルームで悲しげにこうつぶやいたのだ。
「生徒諸君、よく聞きたまえ、今日は悪い日です。わが横浜港は東洋一の港として大発展を重ねてきた。それは栄光の歴史である。しかして、西の方にある港湾都市が取扱高でわが横浜を追い抜いてしまったのだ。これほど悲しいことはない」
涙ながらに悔しがる教師の顔は今も忘れない。そして教室において誰言うともなく、「先生、横浜を追い抜いたというその憎っくき敵国の名はなんと言うのですか」と質問したところ、教師は「神戸だ、よく覚えておけ」とうなるように言ったのだ。それからというものは、神戸出身の男(わが半導体産業新聞の現編集長も神戸出身)と聞けば、おのれ敵国、とばかりに身構えてしまうのだ。
その後、仕事を通じて神戸の人たちと交流を深めていく中で、多くの誤解、曲解はすべて氷解した。神戸は横浜よりもはるかにエキゾチックなところであり、街を行く女性も残念ながら横浜よりもワンランク上と思えてならない(こう書けば、筆者の住む横浜の多くの女性から裏切り者とののしられ、カミソリ入りの手紙が来るかもしれない)。
神戸医療産業都市には230の
医療関連企業・団体が集積
それはさておき、先ごろ神戸医療産業都市を取材サーキットする機会に恵まれた。なにしろ神戸には230にものぼる医療関連企業・団体が集積している。研究者・従業員数は5200人にも達しており、その3分の1が博士号を持っている。オリンパス、京セラメディカル、パナソニック、フクダ電子、シスメックスなど錚々たるメンバーがこの街で最先端の研究開発を進めている。
また、病院群の集積も進んでおり、神戸医療産業都市のエリアに立地する臨床の場は、なんと1640床におよんでいる。最大の存在は中央市民病院で700床を擁しており、昨年3月に開院したポートアイランド病院は212床、先ごろ開院した西記念リハビリテーション病院は236床となっている。このほど着工した神戸国際フロンティアメディカルセンターは内視鏡治療の先端病院と医療機器開発拠点を設けるものであり、こちらは120床。2015年度には県立こども病院が290床の規模で移転してくる。また、神戸低侵襲がん医療センター(80床)も先ごろ開院し、医療機器などの臨床研究を行う先端医療センター(60床)もフル稼働している。ちなみにスーパーコンピューター「京」もこの医療産業都市の中にあるのだ。
ここにきて顕著なことは、電子デバイス関連の企業が続々と進出し、次世代メディカル立ち上げに向けて活動を開始したことだ。積層セラミックコンデンサーの世界チャンピオンである村田製作所は、神戸での事業展開、医療分野への参入を模索しており、すでに社内に医療分野のプロジェクト推進部署を立ち上げている。ファンクショナルセラミックスをベースとした電子デバイスをいかにメディカルに適用させていくかが同社の課題なのだ。
車載向けマイコンで世界シェア4割を持つルネサス エレクトロニクスもまた、神戸での事業展開を狙っている。自動車や家電向けの半導体需要が落ち込んでいることもあり、新規事業としての医療参入を模索するために神戸に進出を決めたのだ。最大70人の開発者を医療産業にシフトしているという。半導体製造装置で国内No.1の東京エレクトロンもまたこのエリアに進出しており、とりわけiPS再生医療の研究にまっしぐら、と聞いている。
アベノミクスで今や世界の注目を集める安倍首相は、医療産業の世界展開を重要施策の筆頭格に挙げている。ロシアへの病院進出を国家プロジェクトして取り組むことにも全力投球している。IT・半導体と医療産業がクロスオーバーする「夢の街」がすなわち神戸なのだ。
ところで、筆者はここ数年間にわたって、「天にも昇る履き心地の良さ」を体感できる靴を愛用しているが、それは神戸に本拠地を持つアシックスだったのです。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。