電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第424回

車載向けリチウムイオン電池は6兆円の巨大市場を構築する


問題は日本勢が得意とする材料分野も中国勢が席捲の勢い

2021/3/12

 2016年11月に正式発効された「パリ協定」を契機に、世界各国で電気自動車(EV)、ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、さらには燃料電池車といった環境対応車へのシフトが強まっている。フランスは40年、オランダとノルウェーは25年までにガソリン車とディーゼル車を販売禁止とする方針を固めている。これはとんでもないことだと言ってよいだろう。

 EV世界市場でシェア5割、EVバス・トラック世界市場で同9割を占める中国の存在感がますます高まっているのだ。こうしたなかで注目を集めているのが、車載用リチウムイオン電池である。

 車載用蓄電池ではこれまで、鉛電池、ニッケル水素電池、リチウムイオン電池がバッテリーとして使われてきた。しかしてここに来て、特に高いエネルギー密度が必要とされるEV用バッテリーには、リチウムイオン電池が圧倒的な本命にのし上がってきた。車載用蓄電池の分野については、2025年に現在の3倍となる6兆円強の世界市場が構築されると言われており、数ある電子デバイスの中で一気に台頭してくる存在となってきた。

 リチウムイオン電池という分野では、かつてパナソニックが世界トップを走ってきた。ところがどっこい、中国のCATLは109GW/hの能力を持ち、世界トップにのし上がった。これを急追するのが韓国のLGであり、100GW/hの能力を擁している。残念ながら我がニッポンのパナソニックは3位に転落したが、生産能力は35GW/hしかなく、トップを行くCATLの3分の1というスケールであり、とても追撃する状況にはない。

EVの進展でリチウムイオン電池は6兆円強の市場に!!(日産のNOTE e-POWER)
EVの進展でリチウムイオン電池は
6兆円強の市場に!!(日産のNOTE e-POWER)
 日本勢が先頭を走りながらも、大量産になれば凋落していくという「いつか来たこの道」が、ここでも顕在化してきたのだ。太陽電池についても日本勢は、2000年代の初めまでは生産能力も、設備投資も、世界シェアもトップであった。ところが、中国の投資ラッシュにあえなく敗れてしまった。太陽電池は中国勢が80%以上のシェアを握るという圧勝ぶりである。

 半導体産業についても、メモリー王国を築いた日本企業は韓国の台頭に対し高をくくっていたが、何のことはない。80年代に握った覇権はあっさりと覆されて、現状のメモリー半導体の70%以上のシェアは韓国のサムスンとSKが占有するという有り様なのだ。

 リチウムイオン電池そのものでは負けていたとしても、言うところの5大材料の分野では、日本勢の強さは際立っていた。正極材、負極材、電解液、セパレーター、バインダーのすべてにおいて圧倒的なシェアを日本企業は構築していた。

 ところが、である。主力材料の正極材、負極材、電解液の3分野はすべて中国企業にトップを奪われてしまった。全くもって、信じがたいことである。セパレーターについては、旭化成がいまだに世界チャンピオンであるが、この落城も近いという声が聞こえてくる。わずかにバインダーだけはニッポンのクレハが強みを見せて世界トップを譲らないということだけが救いになっているのである。

 旭化成の場合は、湿式と乾式の双方のセパレーターを手がけるという点で、世界で数少ないメーカーである。設備投資も積極的にやってきた。それでも中国勢の足音がひたひたと迫っている。宇部興産は電解液については、1990年代に量産を開始し、業界ではトップを走り、高い市場シェアを持っていた。しかして、低コスト化により中国メーカーに追い越された。世界ランキングで言えば4位以下に凋落した。三菱ケミカルは、リチウムイオン電池の材料については全部門を手がけるという総合戦略で勝負している。ところがやはり、中国の低コスト攻勢には手を焼いているのが現状だ。

 さて、こうなれば次世代の全固体電池で勝負をかけるという以外にはないかもしれない。これについては、日本勢はかなり先行していると言われている。国家プロジェクトで2次電池技術開発ロードマップが作られて、全固体電池、亜鉛空気電池、リチウム空気電池、リチウム銅電池、マグネシウム電池、ナトリウム電池などの開発に総力を挙げてきた。

 全固体電池は、リチウムイオン電池が液体の有機溶媒の電解質を使うのに対して、固体を使うのであるから、安全性という点では抜群だ。また、マグネシウム電池やナトリウムイオン電池は、資源として恵まれている素材を使うだけに、安定調達と低コスト化に向いていると言われている。

 産業技術総合研究所が音頭取りをしており、京都大学は国家プロジェクトの重要研究開発拠点となっている。信州大学は新型キャパシタの開発で知られ、東京工業大学は全固体リチウムイオン電池用の固体電解質材料の開発に成功している。その他にも、東京都市大学のリチウムイオン電池正極材は、従来型のコバルト酸リチウムを使わずに、ポリ硫化炭素系材料を使うことで10倍の容量を実現したことで世界の注目を浴びている。東京理科大学はマグネシウム電池用正極材の開発で世界に最先行するだけでなく、低コストのナトリウムイオン電池の実用化にもめどをつけつつある。

 こうした学の努力については、間違いなく日本は先行している。ああそれなのに、結局はコピーされ、結局は量産する設備投資が手当できず、結局は経営陣が臆病であり、身を捨てての勝負に出ないことで、中国をはじめとするアジア勢にやられていく。これでいいのか、と筆者は切ない思いでいっぱいだ。かつて『ニッポンの素材力』(東洋経済新報社刊)を書き、日本の素材力こそ超一流かつ世界トップシェアと書きなぐっていたが、これからはどのようにニッポン礼賛論を書けばよいのだろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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