電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第421回

いつも「不安」であることが日本人の宝物だ


世界で抜け出す技術力・開発力・研究力を生み出す源泉

2021/2/19

 「不安であることが、悪いことだと思っている人が多い。それはとんでもない間違いだ。不安であるからこそ、どんな困難にも立ち向かおうとする。不安を脱したいと思うからこそ、新たな発明・工夫で乗り切ろうとする。いつもいつも不安であることを反発バネとする日本人の底力が数々のノーベル賞を生み出してきたのだ」

スーパーセンシングフォーラムの代表 中川聰氏
スーパーセンシングフォーラムの代表 中川聰氏
 怪しげではあるが、綺麗な眼をした一人の学者、いや世界的な工業デザイナーであるその人が、筆者の眼をしっかりと見つめながら語った言葉である。その人の名前は、中川聰である。中川氏は、今や東京大学をベースにした「スーパーセンシングフォーラム」を立ち上げ、世界No.1の日本のセンサーを新たなIoT時代にフル活用する運動を展開している。先ごろは水・パン・人体などから微小電力を取り出し、電池レス/電源レスの時代を切り開くという理論を打ち立て、BSテレビがこれに注目し特番を2本作る、というフィーバーになっている。

 さて、中川氏から「不安こそニッポンの原点」という理論を繰り出された時には、いささかたじろいだ。それはあんまりの逆説でしょうと思いながら、文芸春秋の2月号を読んでいたら、日本人の97%が不安傾向であることを知った。

 つまり、セロトニントランスポーターという脳内の神経伝達物質は気持ちを安定させてくれるものであるが、日本人はこの物質について世界で一番密度が低いというのだ。日本人の97%がセロトニントランスポーターの数が少ないわけであり、要するに日本人はひたすら不安になりやすい民族なのだ。

 地震も多く、台風もいっぱい来る災害大国である日本においては、不安傾向が高い人が多く、心配でいろいろ準備をするので、生き延びやすい。そして、今回の新型コロナウィルスについても、日本の感染数、死者数が世界各国の中で非常に少ないというのも「いつも不安の中にいるから、きっちりと防御」が国民性として定着している、ともいえるのだ。日本人のほとんどがマスクをして、手洗い、消毒を励行し、かつ毎日風呂に入って清潔を心がけるのは、とにかく不安であるからだ。いや、不安の係数が世界の人たちに比べて飛びぬけて高いからといえるだろう。

 考えてみれば、かつて世界最強の米国の半導体メーカー、テキサス・インスツルメンツが日本に上陸する、といった時には「ニッポンの半導体が壊滅する」という不安感が拡がった。そしてIBMが大容量のメモリー半導体で攻め込んでくるといった時には、「日本の電機産業はみなやられてしまう」とひたすら怯えたのだ。

 この流れをブロックするべく、70年代末になって半導体の超大型国家プロジェクト(経産省の超LSI技術研究組合、NTTの超LSIメモリー開発計画)が断行され、これになんと1300億円の国費が投入された。結果として、80年代後半にはニッポン半導体は世界シェアの50%以上を握り、世界トップに躍り出ていた。「日本人の不安」は半導体という分野で大輪の花を咲かせたのだ。

 そしてまた今日にあっても、欧米の自動車産業のあまりのすごさに恐れおののいていたニッポン自動車産業は、環境にやさしく低燃費、軽薄短小の追求、デザイン性での先行、そして絶対の安全・安心を武器に世界シェア40%を占有するほどに強くなった。「不安」は常に日本人に立ち上がる勇気を与えていくという例はこの他にも枚挙にいとまがない。

 ところが最近にあって、別に日本の企業力、政治経済はこのままでいいじゃんというアキラメ精神が少しく蔓延してきているように思えてならない。不安をバネにしなければ、その時にこそ日本という国家の本当の危機がやってくるのだ。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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