アナログ半導体という分野は、実に地味な存在である。CPUやGPU、システムLSIなどの最先端デバイスは常に注目を集めている。そしてまた、量的に言えば、圧倒的に多いメモリー半導体にも世界の注目が集まっている。ここに来て、電力制御に貢献するパワー半導体の動向も着目され始めた。そうした中にあって、アナログ半導体は「いつも日陰に咲く花」であり、なかなか業界の話題の前線には出てこない。
「アナログデバイスなくして、あらゆるセット製品は作り上げることができない。確かに小さな存在ではあるが、全世界的にも堅実に伸びている分野だ。売れ筋のAD/DAコンバーター、DC/DCコンバーターはもちろんのこと、アナログとデジタル混載のミックスドシグナルもまた重要デバイスだ」
こう語るのは、アナログ設計で強みを持つジーダットの代表取締役社長、松尾和利氏である。同社は、セイコーインスツルのEDA事業部から分離独立したカンパニーであり、アナログ設計の自動化という難しい課題に取り組んできた。松尾社長によれば、デジタル半導体はいまやコンピューター設計の世界であり、自動化は非常に進んでいるが、アナログ設計には「匠の技」を持つ技術者が必要であり、そう簡単には人材が育たない分野なのであるという。
さて、国内におけるアナログ半導体の分野では、事業統合のビッグウェーブがやってきている。2021年1月8日、日清紡ホールディングスは連結子会社の新日本無線とリコー電子デバイスの2社を統合すると発表した。統合後の新社名は、日清紡マイクロデバイスであり、2022年1月に統合が完了する予定になっている。19年12月期の連結売上高は新日本無線が436億円、リコー電子デバイスは228億円であり、この両者を合わせれば664億円になる。単純計算で言えば、この売り上げは国内トップクラスのアナログ半導体メーカーにのし上がったことになる。
新日本無線は、音響向けのアナログ半導体に強く、リコー電子デバイスは電源に使われるアナログ半導体を得意としている。両社ともに売上高、営業利益率が低いことが悩みであり、稼げる体制への改善が課題となっていた。この2社統合による日清紡マイクロデバイスの存在感はいやが上にも増してくるだろう。
この動きに先立ち、ミネベアミツミグループは、エイブリック(旧セイコーインスツル)の買収に成功しており、この両者を合わせた売り上げは約600億円規模になる。今後は、リチウムイオン電池保護IC、車載電源IC、MEMSセンサーなどをコアに1000億円の売上高目標を掲げている。
また、トレックス・セミコンダクターも車載向けに強いアナログ半導体メーカーであり、創業当初から超小型電源ICに特化したアナログ半導体専門集団を目指すとしてきた。そして同社はフェニテックセミコンダクターを完全子会社化したことで、ファブレスメーカーではなく工場を擁する企業になった。独自の領域のアナログ半導体で勝負する同社は、ピークで約240億円の売り上げを持っており、今後の飛躍を考えている。
東芝グループの中にあって、月産10万枚の能力を有する生産ラインを持ち、車載製品に要求される高い品質力を誇るジャパンセミコンダクターもまた、アナログ製品を強化している。そしてまた、アナログを含めたファンドリーサービスを拡大することに全力を挙げていくという。
今後の流れとしては、ミネベアミツミ、および日清紡マイクロデバイスの2大潮流をベースにさらなる事業再編が進むと考えられる。大手企業の中には、いまだにアナログ半導体を内部に持っているカンパニーが数多い。それらの切り出しが進んでいくであろうし、また、残る国内のアナログメーカーもファブレスを含めてM&Aの道を模索している。
経産省は、国内のアナログ半導体の統合が加速すれば、世界ランキングで上位を狙えるとしており、こうした再編の動きについては好意的に受け止めているようなのである。「日陰の花」が太陽を浴びて、「大輪の鮮やかな花」に変貌することを願っているのは、筆者だけではないだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。