関西エリア、それも京都に住んでいるとつい当たり前だと思ってしまうのだが、関西はベーカリーが本当に多い。「DONQ(ドンク)」「フレッシュベーカリー神戸屋」「アンデルセン」「CASCADE(カスカード)」などのナショナルチェーンはもちろんのこと、「進々堂」や「SIZUYA」といった京都や大阪のみで展開するチェーン店も出店する。また最近は、ベーカリープロデューサーの岸本拓也氏が手がける食パン専門店も店舗数を伸ばしており、これらを勘案すると、ベーカリーが市場規模を拡大しているように錯覚する。しかし、取材で現場の話を聞くと、ベーカリーの悲哀が身に染みる。
(株)矢野経済研究所が2019年に発表した「パン市場に関する調査」では、22年度の国内パン市場規模(メーカー出荷金額ベース)は1兆6245億円になると予測。市場の拡大要因としては、高品質で高単価なプレミアム商品や、食事系パンによる夕食需要の増加などを挙げている。中でも、プレミアム商品の代表格として、高級食パンを取り扱う専門店の存在がある。
ここ数年、高級食パン専門店として「乃が美」「一本堂」「銀座に志かわ」「嵜本」などが路面店を中心に相次いで新規出店。「ベーカリーでは利益率の高い商品」(業界関係者)と言われる食パンに特化した専門店のため、これらの店舗の客単価は平均1000円前後で推移する。店舗は受け取りのためのカウンターのみで、イートインスペースを必要としないため、設備投資も大幅に削減できる。さらに、パンを製造するセントラルキッチンがあれば、厨房機器も不要になるため、路面店だけでなく、商業施設内への出店も積極的だ。良いことずくめのように感じるが、要はベーカリーから食パンを切り離し、パン業界のプレーヤーが増えただけであり、競争がより激しくなったとも言える。
新型コロナウイルスの影響も心配だ。食物販として見られるベーカリーは、大きな影響はないと感じる読者もいるかもしれないが、少なからず影響は受けている。例えば、商品を個包装する包装紙。これまでは山のようにパンを積み、トングでトレーに乗せて下さいというスタイルであったが、感染拡大防止の観点から、各商品を個包装して提供するようになった。この個包装が意外にお金と手間がかかる。だからと言って、それを怠ると「あのベーカリーは個包装せずに商品を置いていて、感染防止対策がなされていない」と口コミで広がることもしばしばある。加えて、新型コロナウイルスの流行前は、イートインスペースを積極的に設けていたが、コロナ禍で、持ち帰りはあっても、イートインを拒む顧客が増えているという。
そして、ベーカリー各社が最も頭を悩ませているのが、店長(リーダー)人材の不足だ。読者諸賢もよくご存じだと思うが、童謡『あさいちばんはやいのは』で歌われるように、パン職人の始業時間はおおむね5時と朝が早い。加えて、路面店であれば営業時間も独自に調整できるが、商業施設内に出店すると、施設の営業時間に左右されてしまい、長時間労働を強いられる。しかし、食パン専門店のように、すべての商品をセントラルキッチンで製造すると、パン本来の魅力である焼きたての美味しさが表現できない。長時間労働を強いることなく、いかにして焼きたて、できたてのパンを、多くの人が集まる商業施設内で提供するのか。市場は拡大一途と思われがちなベーカリーショップの悲哀がそこにある。