街の電気屋さんが次々と消えていって、ヨドバシカメラ、ビックカメラなどの家電量販店が席捲してしまった。そしてまた、アマゾンに代表されるネット通販が全盛となり、リアル店舗で買わないでひたすら宅配という風潮も拡大するばかりだ。
しかしてローカルの街に行けば、東芝、パナソニック、シャープなどの看板をつけた電気屋さんがまだ残っており、あまりの懐かしさにふっと立ち止まってしまうほどである。そこには、心のふれあいが感じられるからなのだ。
自分が生まれ育ったのは横浜の下町であり、あらゆる商店が軒を並べていた。魚屋、果物屋、菓子屋、乾物屋などがそれぞれに鈍色の光を放っていた。筆者の家業は蕎麦屋であり、そこには不思議なコミュニケーションがあった。母などは「どこそこのお嫁さんは、外面はいいが本当は意地悪」「どこそこの息子はチンピラ」「どこそこの次男坊の彼女は不細工」「どこそこの夫婦は仮面状態で、事実上の別居」などという近所の噂話をいっぱい知っていた。これは驚くほどであった。同じように床屋に行けば、街の話題はいいことも悪いことも事欠かないほどに豊富であった。
電気屋さんもまた、街のコミュニケーションのネットワークを形成していた。テレビやラジオの調子が悪ければ、電話1本で飛んでくるわけだから、どこの家にも上がり込んでしまう。修理を終えて、お茶と羊羹を出され、世間話に打ち興じている。情報が集まらないわけがない。ちなみに、くだんの母は家電量販店が嫌いであった。「電気屋さんなら、すぐに来てくれる」と言っており、いそいそとお茶を入れたりして楽しそうであった。
高度経済成長の象徴であった家電は、全盛期には三種の神器(テレビ、洗濯機、冷蔵庫)がもてはやされ、全国の街角に松下ショップ、日立ショップなどが多数展開されて、街並みを彩り、かつ住民との暖かい心のやり取りがあった。それもまた昔の話である。
さて、バブル崩壊以来ひたすら日本経済は後退し、家電業界もまた低迷を続けた。ところがである。なんと、2020年10月の白物・黒物家電の国内出荷額はいずれも前年同月と比べ大幅増になった。白物の出荷額はなんと前年同月比22.7%増の1797億円を記録した。黒物の出荷額も同19.6%増の1190億円となり、4カ月連続でプラスとなった。これは、1つには消費税を増額したことの影響からの反動ともいうべき消費が起きてきたことによる。しかして、最大の理由はそれではない。新型コロナウイルスで生じた巣ごもり消費が牽引役となったのだ。
白物家電の10月出荷額は、過去10年で月間記録としては最高になった。これは驚き以外の何物でもない。部屋の中をクリーンにしたいという要望が強く、空気清浄機は金額も台数も前年同月比2倍以上に拡大した。もちろん冷蔵庫、洗濯機、電子レンジなども絶好調であった。
黒物家電の引っ張り役はやはり、部屋の中にいる時間の長さを反映し、薄型テレビであった。出荷台数は前年同月比28.1%増の42万5000台となり、7カ月連続でプラスになった。
新型コロナウイルスの負のインパクトは様々に喧伝されているが、世の中悪いことばかりではない。元気のなかった家電業界が勢いづいたことは、特筆に値する出来事だ。これが半導体や電子部品、さらにはディスプレーなどに与える好影響に期待したい。
それにしても、ひたすら巣ごもりばかりでは、コミュニケーション不足でうつ状態になってしまう人も多い。こんな時にこそ、ご近所のお騒がせものであった母の噂話のバラマキが必要であると思えてならない。何ともつまらない評判をぺちゃくちゃと喋り捲るだけで、ストレスを解消してしまう輩もいっぱいいるからである。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。