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第403回

三菱電機(株) 高周波デバイス部 主席技師長 工学博士 井上晃氏


20年IEEEフェローに選出
逆F級増幅器の開発で評価

2020/12/4

三菱電機(株) 高周波デバイス部 主席技師長 工学博士 井上晃氏
 三菱電機(株)高周波デバイス部で主席技師長を務める井上晃氏は、世界規模の電気工学・電子工学の学会であるIEEEから2020年フェローに選出された。「携帯電話用逆F級増幅器の開発」が高く評価された。これまでの経緯や今後の抱負を井上氏に聞いた。

―― フェローの受賞おめでとうございます。まずはご略歴から伺います。
 井上 1986年に京都大学理学部を卒業し、同年に三菱電機へ入社した。学生時代は「超流動」や「核磁気共鳴」の研究に没頭したが、入社後は社内向けのIC回路設計にずっと携わり、GaAs MESFET、GaAs HEMT、InGaP HBT、SiGe、GaNとマイクロ波デバイスの開発を一貫して手がけてきた。

―― 逆F級増幅器について教えて下さい。
 井上 PDC(Personal Digital Cellular)方式の第2世代携帯電話から広く採用された送信用電力増幅器(パワーアンプ=PA)だ。PDC方式の携帯電話が一気に普及した98~06年に当社だけで約9700万個の逆F級増幅器を製造し、RFフロントエンドの小型化と軽量化、高効率化に大きく貢献した。
 この開発と実用化によって、当社は90年代末にHEMTを採用して国内ほぼ全社に携帯電話用PAを供給し、2000年代前半にはCDMA用にHBTを展開して、国内シェアの約60%を確保することができた。

―― 当時は国内の携帯電話加入者数が4000万から1億へ急増する時代でしたね。
7×7×1.9mmの小型逆F級回路
 井上 PDC方式では最低2時間の通話を確保することが必須とされ、価格も5年で1桁下がるといわれていたため、RFフロントエンドの小型化と軽量化、高効率化が不可欠だった。当社のPDC用RFフロントエンドのサイズは95年当時17×24×4mmだったが、逆F級増幅器を搭載した98年には効率を58%に向上することに成功し、発熱量の低減で7×7×1.9mmまで小型化できた。

―― そもそも逆F級とは。
 井上 当時、増幅器の動作級にはA級、AB級、B級、F級があり、理論上100%の効率が出せるF級の性能が最も良かった。だが、実際に理論上の効率が出せるかは別で、F級では効率アップが誰も実現できていなかった。
 逆F級とは、F級における電圧と電流の関係を逆にしたものであるため、この名が付いた。当時、効率アップに向けて2倍波の整合を最適化する研究が盛んだったが、私は3倍波の整合を調整することで効率が改善できることを見出した。効率アップの要望が非常に強かったため「モノは試しに」と3倍波を検証したことが成果につながった。
 現在は2倍波や3倍波の整合を調整するオートチューナーがあるため、実験ははるかに楽になった。だが当時そんな装置はなく、基板上にパターンを描いて、金リボンを何回も手作業で貼り替えて実験する必要があった。本当に地道に、来る日も来る日も電圧と電流の波形を計算し続けた結果だと思う。

―― 新たな動作級の発見は、増幅器開発の歴史において大きな成果ですね。
 井上 PDC方式には逆F級増幅器が最適だったが、CDMA方式では素子構造がHEMTからHBTに代わったり、ピークパワーレベルが上がったりしたこともあって、携帯電話にはF級増幅器が一般的に使用されるかたちにシフトした。
 とはいえ、逆F級の論文はこれまで世界で150件以上発表されており、現在もLTEのマクロ基地局に使われているほか、5Gでも逆F級とF級を合成して使う用途がある。

―― 今後の抱負をお聞かせ下さい。
 井上 日本の無線通信技術はかつてに比べて弱くなっていると思うが、エンジニアは常に先を走り、キーデバイスを開発して売るという気概が不可欠だ。世界には光ファイバーを敷設できないところが数多くある。当社もBeyond 5Gに向けた技術開発に注力しているが、高速無線技術を極めることで、これからも通信技術の発展に貢献していきたい。


(聞き手・編集長 津村明宏)
(本紙2020年12月3日号3面 掲載)

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