大分県は日本一の温泉県である。別府温泉をはじめとして温泉の源泉数・湧出量ともにトップであり、気候温暖なところとしても知られている。また、くじゅう連山やリアス式海岸などの美しい自然にも恵まれている。もちろん関あじ、関さばなどの水産物などでも知られているが、筆者が大好きなものは全国でも珍しいとりの天ぷら、すなわち「とり天」である。
それはともかく、大分県は産業立地の集積という点でも優れた県であり、工業生産額は福岡県に次ぎ、九州エリアでナンバー2の存在なのだ。平松知事が大活躍した頃には、新日鉄(現在の日本製鉄)をはじめとする重化学工業が多く集積した。そして「大分と言えばキヤノン」と言われるくらいに精密機器の集積も進んでいる。
半導体産業の集積という点でも大分県は目を見張るものがある。かつて日本一の半導体工場である東芝大分工場が国内外に向かって吠えまくっていた時期があり、現在においても2019年の国内半導体ランキング1位のソニーが大分にCMOSイメージセンサーの量産拠点(前工程/後工程)を持っている。
「大分県の産業活力の創造、すなわち連携と競争による地域および企業の発展・活性化を目的に、大分LSIクラスター構想が生まれた。2005年11月のことであるが、その推進機関として大分県LSIクラスター形成推進会議が設立された。現状で約80社の企業が集結しており、県外企業も数社加盟している。品質・コスト・納期において絶対負けない、という意気込みで21世紀の半導体生産拠点を形成していく」
炯炯として眼光鋭く、しかして笑顔を見せながらこう語るのは、大分市に本社を置くスズキの代表取締役社長、鈴木清己氏である。鈴木氏は大分LSIクラスター形成推進会議において、リード役としてみんなを引っ張る役割を引き受けている。
スズキの前身はお米屋さんである。1946年に創立された鈴木勝経さんという方が創業者であり、その後ガソリンスタンドなどに業態を広めて基礎を築く。鈴木社長は15歳の時にはすでに自分の家業であるガソリンスタンドで夜9時まで働いたという。なかなか勉強する時間がとれなかったが、それだけに夜遅くなってからやることができる勉強はとても嬉しかったという。
大分市で生まれ鶴崎工業高校を出て、とりあえず丁稚奉公に行ってこいという父の教えもあり、いずれは2代目を継ぐことになっていた鈴木社長は、1年の丁稚奉公で有限会社鈴木商店(現株式会社スズキ)に入社する。当時、実家の事業であったガソリンスタンドが90年代には日本一の半導体工場にのし上がっていた東芝大分工場の指定給油所であったこともあり、お客様の紹介で日本メムテック製フィルターの仕入販売を東芝大分工場向けに始める。ここで鈴木社長は半導体に出会うことになる。
23歳にして代表取締役に就任した鈴木氏は、会社の未来形を考えて、1994年から本格的に半導体事業を開始する。ちなみに母は仙台の人であったが、その祖先は伊達政宗の傘下にあった涌谷城主であったという。
スズキの事業において、やはり大きな分野を占めるのはセミコンダクター事業部である。半導体製造装置部品を多く扱っており、強みとするグローバルネットワークによる調達基盤で世界最新の情報とそれぞれのニーズにあった商材をリサーチし、届けている。電源ではアドバンスドエナジーの総代理店となっており、ドライポンプについては島津製作所の代理店、マスフローコントローラーについてはBROOKSの代理店となっている。顧客はKIOXIA、SONY、東芝など大手半導体メーカーであり、多数の取引を持っている。
「半導体装置部品のラインアップはこれからも拡充していく。また重要なことは、他に部品を納めるだけではなく、請負受託もやっていることであり、後工程だけではなく、最近では前工程もこなしている。約104人が請負受託の仕事についている。ソニー、アムコー、ジャパンセミコンなどのお客様にお世話になっている」(鈴木社長)
大分エリアでは、大手デバイスメーカーの薬品の80%は物流拠点となるスズキロジスティクスセンターで保管しており、半導体製造工場への納品を日々行っている。また、レジストやスラリーについては100%を取り扱うという驚くべき数字になっている。調達先も豊富であり、前記の他にはカンケンテクノ、NHKニッパツなどの有力企業も多くラインアップしている。
「当社はありがたいことに74年目を迎えた。ひたすら考えていることは、どうやったら100年企業になれるかということだ。常に環境変化に対応できる体質を備えなければならない。そしてお客様に対し、安心と安全と感動をお届けするという心が大切だ。社内にあっても、1人はみんなのためにあり、みんなは1つの目的のためにあるのだと言い続けている」(鈴木社長)
スズキグループ全体として、2019年3月期の売上高は91億円、2020年3月期売上高は110億円と推移してきた。中長期的な売り上げ目標はかなり大きく、500億円を突破したいとしている。そしてまた、台湾企業とのコラボレーションも計画しており、国内拠点も大分、熊本、四日市、広島などに展開し、今後も拡大していく構えだ。大分県の行政が半導体企業を手厚くサポートしてくれることが何よりも心強いと、鈴木社長は深く頷きながら言うのである。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。