電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第35回

SiCパワー半導体アライアンスが本格テイクオフ!!


~陣頭指揮で研究を主導した京都大学の松波弘之氏に朝日賞の栄誉~

2013/3/22

 「1970年ごろには世界の学会や半導体産業界においてSiCへの興味は一気に減退した。これはというキラーマテリアルが見つからず、デバイス構造、さらには製造プロセスという点で大きな壁にぶち当たったからだ。ところが、京都大学だけは1968年から研究を開始し、若手研究者の意気は盛んであり、めげることは一切なかった。しかしながら世界での研究がほとんど中止されるなかで、突き進む道は厳しかった。ようやくにして今日、SiCパワー半導体が全世界の注目を浴びることには昔日の感がある」

SiCアライアンス会長の松波弘之氏(京都大学名誉教授)
SiCアライアンス会長の松波弘之氏
(京都大学名誉教授)
 感慨深げにこうした言葉をとつとつと語る人は、京都大学名誉教授であり、SiCアライアンスの会長でもある松波弘之氏である。松波氏のSiC半導体の立ち上げに関する永年の努力に対し、先ごろ朝日賞が授与された。朝日賞受賞者からは、ノーベル賞受賞者の山中教授をはじめ、文化勲章受章者など多くの著名な研究者が続出している。SiCの研究という地味な分野で松波教授が受賞したことは、大変意義のあることだと筆者は思う。

 1947年にウィリアム・ショックレーらがトランジスタの増幅作用を発見し、半導体の時代が始まった。1954年にはシリコン半導体が登場し、翌55年には早くもSiC高品質結晶プロジェクトがスタートしている。1959年にはショックレーの推奨により、第1回SiC国際会議が開かれた。しかしながら、SiCへの研究は頓挫し、1973年の第3回SiC国際会議を最後に以後の研究はほとんど中止されてしまった。しかして、松波教授率いる京都大学グループは決して諦めていなかった。1986年には世界初の反転型MOSFETを開発し、注目を集めるのだ。

 「このころは、3C-SiC/Siというカスタムな材料を作ってもらい、みんなでカンナと金槌で叩き割って結晶を作った。87年には高品質のエピタキシャル成長の技術が確立し、これはブレークスルーとなった。そこで私は、日本の半導体企業にこのSiC半導体の開発を呼びかけたが、ほとんどみんな振り向かなかったのだ」

 松波教授のSiCパワー半導体に、当時のニッポン半導体が振り向かなかったことには訳がある。何しろジャパン・アズ・ナンバーワンの時代であり、世間はみなバブルに酔いしれていた。半導体業界にあってもボロボロに儲かるDRAM増産で世界市場独占の勢いであったわけだから、地味なSiCパワーに関心が向かなかったのだ。

 「95年には1.75kVのSiCショットキーダイオードの開発に成功する。これまたエポックメーキングなことであった。このときも勢い込んで日本の半導体メーカーに呼びかけたが、今度はバブル崩壊でお金がないからダメ、とのことであった。しかし、ありがたかったのは経済産業省が一貫してこの開発を支援し続けたことだ。このことが今日の商業的ブレークスルーに結びついている」(松波氏)

 SiCアライアンスは2010年5月20日に設立されたが、電力制御システムのキーデバイスであるパワー半導体を、現行のシリコン(Si)から、省エネルギー性能や物理特性が格段に優れたシリコンカーバイド(SiC)に転換することを目的につくられた組織である。会長は松波教授が務め、副会長には三菱電機の下村会長、日立製作所の小豆畑副社長、トヨタ自動車の内山田副会長、富士電機の江口役員、新日本製鉄の橋本研究所長など錚々たるメンバーが参加している。

 SiCパワー半導体は次世代自動車、高速鉄道、スマートグリッド、太陽光・風力などの新エネルギーのインバーター(電力変換装置)に多く用いられ、画期的な省エネルギー社会をもたらすといわれているのだ。今日において、SiCに関する国家プロジェクトはグリーンITプロジェクト、新材料パワー半導体プロジェクト、SiC革新エレクトロニクスプロジェクトなど複数にまたがっている。SiCアライアンスはこうした国家プロジェクトをはじめ、基板、デバイス、最終ユーザーなどのメンバーが集まり、産学官によるオールジャパン体制を築くために作られた組織なのだ。

 それにしても、各企業の中でもSiCを追求する人たちはマイナーであり、この間のご苦労は多かったと推察されるのだ。最近では、三菱電機のSiCインバーターが銀座線の車両に搭載されるなど、商業的出口部分がはっきりと見え始めた。ロームにいたっては、フルSiCモジュールの量産を年内にも開始するともアナウンスしている。SiCはようやく半導体としての市民権を得たのだ。

 「SiCの完全なる事業化に向けて、ダーウィンの海を渡るときがついにやってきた。今後は周辺部材や製造装置の開発が重要だ。そしてまたエンドユーザーの開拓が最も重要なことかもしれない。オールジャパンで世界と戦う体制は、ようやくにして固まったのだ」(松波教授)


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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