電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第34回

味の素ががんリスク評価に乗り出すとは驚きだ


~川崎臨海に再生医療/革新的新薬などの先端医療開発ゾーン~

2013/3/15

 神奈川県で屈指の工業都市として名高い川崎市は、相次ぐ工場移転で空洞化の問題を抱えている。もっとも、筆者にとって川崎といえば競馬であり競輪であり、コリアタウンの焼肉であり、とてもうれしいストリップ(残念ながら今はない)という思い出が強い。筆者は横浜で生まれて育ったが、川崎の友達も多かった。高校生の頃だが、その友達に向かって「おまえなんか川崎の工業団地の真ん中にいるのだから、肺が真っ黒クロだよね。長くは生きないだろうから、今のうちに遺書でも書いておけよ」と放言してぶん殴られた記憶がある。

 さようまことに筆者の中学・高校の頃には、もくもくと工場の煙が立ち上る工業都市「川崎」が存在していた。競馬や競輪ですってんてんになったおじさんが焼き鳥をほおばり、ウィスキーをラッパ飲みし、「てめえ、このやろう」と叫んでいる街であった。

川崎臨界の先端医療開発ゾーン(これから多くの施設が建設される)
川崎臨界の先端医療開発ゾーン
(これから多くの施設が建設される)
 その工業都市「川崎」が今、生まれ変わろうとしている。特に注目されるのは、羽田空港の南西、多摩川の対岸に位置する殿町地区の40haにライフサイエンス・環境分野における国際戦略拠点の形成が進んでいることだ。この拠点形成は先ごろ「キングスカイフロント」と名づけられ、京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区の区域に指定されたのだ。

 中核機能を担う2haには、第1段階で実中研 再生医療・新薬開発センターの整備、第2段階で(仮称)産学公民連携研究センターの整備が進められている。第1段階整備となる実中研のセンターでは、慶應義塾大学医学部の岡野栄之教授による再生医療の実現に向けた様々な先端医療開発、革新的新薬の研究開発などが進められていく予定だ。ちなみに、実中研とは1952年に設立された実験動物中央研究所のことであり、マウスやマーモセットを使った各種の新薬開発に向けた研究を行っている。

 この施設に続いて川崎生命科学・環境研究センターも立ち上がっており、ここには神奈川県が出資する神奈川技術アカデミーなどが入居する。また国立医薬品食品衛生研究所は現在、東京・世田谷にあるが、2016年度にもこの特区エリアに移転進出することが決まっている。

 さらに加えて、米国のジョンソン・エンド・ジョンソンの日本法人が医療機器部門の研究・研修施設を進出させることも本決まりとなった。この施設には内視鏡を使った外科手術や心臓・血管疾患向けの治療シミュレーターなどの最先端の医療装置を備えることになっている。羽田空港に近いという立地が国内外からの研修者受け入れに便利だ、ということがこの特区エリアに進出する決め手となったという。

 「味の素の研究開発は注目に値すると思います。アミノインデックスがんリスクスクリーニング、というのだけれど、受診者からは5mlの採血を行うだけ。そこから血液中のアミノ酸濃度バランスを測定し、がんであるリスクを評価する検査なのよ」
 このエリアの取材に訪れた折に、川崎市のスタッフの女性が声を弾ませて語った言葉である。味の素の歴史は、1908年に東京帝国大学教授の池田菊苗博士が、昆布の「うま味」がアミノ酸の一種であるグルタミン酸であることを発見し、これを創業者の鈴木三郎助が1909年にうま味調味料として事業化したところから始まる。以来、今日に至るまで、味の素はアミノ酸を研究し続けてきた。

 最近ではアミノ酸研究から生まれる医薬品の開発や、血液中のアミノ酸群の測定分析による早期ガンなどの疾患のスクリーニング診断なども進められている。味の素はもともと川崎を拠点とする企業であり、川崎市の臨海部に近い鈴木町地区に主要拠点を置き、1000人を超える人員が日夜研究開発に取り組んでいる。それにしても、子供の頃に白いご飯に味の素をふりかけて食ってみたが、ちっともうまくなかったことを覚えている。母親に味の素ご飯はおいしくない、といったところ、「こんなバカな子供を生んだ覚えはない」と言い返されてしまった。

 川崎臨海で始まった最先端医療の研究は、羽田空港から近いという好立地から見ても注目に値するだろう。ただし惜しまれるのは、医工連携という点がまだまだ乏しいことだ。最近の医療環境には半導体、電子ディスプレーなどを使った医工連携のプロジェクトが続々と立ち上がっている。つまりは、従来型の医薬開発だけでは次世代医療の世界は切り開けない。川崎市は今後、大手医療機器メーカーや医療に本格参入しようとする電機メーカー、さらにはメディカルチップを開発する企業などに積極的に声をかけていくべきだろう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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