電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第26回

音環境の世界でグローバル勝負!!


~自閉症にも挑戦、という福岡のベンチャー「ハウス119」~

2013/1/18

ハウス119 古澤秀和社長
ハウス119 古澤秀和社長
 米国シリコンバレーは、全米で一番自閉症が多い地域だといわれている。この自閉症の治療に対して、画期的な「ルームクリエータ」という手法で挑戦する果敢なベンチャー企業が福岡の地にある。それが(株)ハウス119(福岡市中央区大名2-8-17、Tel.092-711-0119)である。

 「自閉症の子供というのは、耳を通してすべての情報が入ってきてしまう。通常の人は脳のノイズフィルターを使って自分に必要な音だけを拾い上げるが、自閉症にあってはほとんど同時にすべてが聞こえてしまう。であるがゆえに、すべての音情報が処理できなくなる。聴覚過敏なのだ。当社の技術は、このことに治療効果をもたらすことが実験で分かったので、その医学的解明を大学に依頼している」(ハウス119代表取締役社長 古澤秀和氏)

 現代病ともいうべき自閉症を含む発達障害児が、先進国においては激増しており、日本においても全体の6.5%にも達するという。ハウス119が開発した「ルームクリエータ」は、音を遅延して反射させるという原理だ。つまりは、室内の音響空間が広くなり、コンサートホールと同様に多数の柔らかい残響音を作り出す。既存の吸音材と剛体による遮音とは違う原理によって、音と振動も遮断してしまうのだ。取り付け自体は非常に簡単であり、わずか21mm厚の素材を既存の壁、床、天井に貼り付ける。または、自立パネルで置くだけ、掛けるだけという方法もある。

 通常の壁面の場合は、強い入射音があれば強い反射音で跳ね返ってくる。しかし、「ルームクリエータ」は強い入射音があっても、この音の縦波を横波に変換してしまい、弱い遅延反射音として返ってくる。倉信整形外科クリニックの倉信正院長は、「ルームクリエータ」の効果についてこうコメントするのだ。
 「独特の静かな空間が生まれ、母親の胎内に包まれたような安らぎを感じる。患者さんの声が聞きやすくなる。また、耳の聞こえにくい人やお年寄りにも、大声を出さなくても伝わるようになる」

 こうした効果が医療関連の引き合いを多く呼び込んでいる。日赤病院や徳洲会病院などでも採用され、評判を得ている。診察室、集中治療室、カウンセリングルームなどで使われている。また、自閉症の子供のいる空間に取り付ければ、雑音が減り必要な音だけが聞こえてくるようになり、情緒も安定し必要以上に騒がなくなるのだ。

 さて、ハウス119の古澤社長は福岡県大川の生まれで、福大大濠高校を出て3年間の放浪生活を送る。キャバレー、トラック運送などの仕事をしながら全国を放浪したが、突然目覚めて中央大学経済学部に入学し、人生をやり直す。公認会計士を目指して勉強を続けていたが、6年間同棲したある美しく聡明な女性とその後遠距離恋愛で大失恋したことでリベンジを誓い、ベンチャー設立へと向かうのだ。ハウス119という名は、家のレスキューという意味で救急番号の119番からとったのだ。2002年6月のことであった。「音」という世界に出会ったことが、ベンチャー設立の直接的な動機になる。

 「ある学者によれば、ヨーロッパに比べ日本の子供は聴覚が衰えている。パンと手をはたけば、日本人以外の子供は皆ふりむく。しかし、日本の子供は音の方向がわからずキョロキョロする。都会のマンションは、固い6面体で作られており、狭い空間で育った子供は、すべての音が同時に均質化して聞こえる。音の方向性の感覚も鈍くなる。これゆえに、音の環境を考えた住宅工事、店舗工事が必要、と考えたことがすべての始まりであった」(古澤社長)

 住宅や店舗で地歩を築いたハウス119は、ノウハウを積み上げた上で「ルームクリエータ」の開発・販売にこぎつける。ピアノ室での調音パネル、制振・遮音床下地材、調音・遮音間仕切パネルなどの製造・販売を行っており、特許をはじめとする知財権も徹底的に固めている。最近ではテレビ局の中継車やミキサー室などにも使われている。しかし実際のところは、ユーザーの70~80%を製造業が占めている。コンプレッサーが動けば会話すらできない。大型機械の音で聴覚が弱ってくる。そうした様々な音環境の問題を解決するために、調音と遮音を可能にする世界初の超万能素材であるルームクリエータが貢献することになる。

 「販売については、フランチャイズ制をとって全国に販売代理店のネットワークをつくっている。すでに60社の販売代理店があるが、最終的には100店まで増やす。現状で弱いエリアは関東から東北の東日本であり、製造業、医療施設をはじめとするユーザー開拓に今後注力する。2016年ごろには20億円以上の売り上げに持ち込みたい」(古澤社長)

 恋の遍歴の多い青年が大失恋し、見返してやるぞとの思いで立ち上げた「音のベンチャー企業」は、いまやメジャーへの道を歩み始めている。2012年のアカデミー賞の授賞式においては、オーケストラピットにハウス119のルームクリエータが採用されたのだ。ウォルトディズニーのスタジオでも使われており、ジャズの神様であるピーター・アースキン氏、世界的ドラマーであるデイブ・ウェックル、世界的ボーカリストのスティーヴィー・ワンダー氏なども、その効果を絶賛しているという。

 国内のエレクトロニクス産業においては、世界的なコスト競争に負け続け、もはや画期的な製品は作りえないとの声さえ聞こえる。また、成熟化したこの社会にあって、革新的製品・ビジネスは登場し得ないとの意見も多い。しかして、恋に傷ついただけで画期的な製品を作り得てしまう青年が福岡にいるのだ、ということだけは覚えていただきたいものだ。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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