「リーマン・ショックの時にSTKテクノロジーの社長になった。全力を挙げて8年間を勤め上げた。売り上げは60億円から85億円まで回復させた。半導体にのめり込んだ幸せな時期であった。東芝大分工場をはじめとする多くの方々に可愛がられたことが私を作ってくれたのだと思えてならない」
こう語るのは、大分県の半導体業界にあって、その名を知られる丸井彰氏である。丸井氏は大分市出身。県立大分鶴崎高校を出て、山口大学に進み、電子工学を学んだ。同学の大学院を出る時には、成績トップクラスであったからして、大手企業から多くのオファーがあった。半導体に関心を持っていたことから、東芝に進むことに決めており、内定まで取っていたのだが、丸井氏の叔父にあたる人がHOKSというEMSの新カンパニーを創設するので、経営を手伝ってくれと言われた。
「とにかく若かったから、この叔父の一言は私を驚かせた。そして、やってやるぞ!という気運が体中にみなぎり始めた。東芝に行っても歯車の1つになってしまうことも考えられる。それならば、ベンチャーカンパニーで大暴れしてやる、との思いがあった。その後、様々な経緯を経て、STKテクノロジーの4代目の社長に就任することになる」(丸井氏)
当時、日本一の半導体工場であり、東芝半導体の拠点工場でもあった大分工場の存在は大きかった。そしてまた大分には、かつて半導体世界ランキング世界トップのテキサス・インスツルメンツの日出工場が気炎を上げていた。その後、ソニー大分、ジャパンセミコンダクター、さらには仲谷マイクロデバイス、デンケンなどが次々と活躍し、大分県下はLSIクラスターを形成していったのだ。
そうした時代にあって、STKテクノロジーは半導体製造装置関連やテストハウス関連でまさに大暴れしていくことになる。最盛期は1000人を擁し、150億円を売り上げていた。このステージで大活躍した丸井氏は、今も半導体関係の仕事を続けており、大分のAKシステムで副会長として活動している。半導体に賭けた魂は、今も消えていない。
「半導体産業の新たなアプリケーションを考えた場合、医療産業が実に魅力的な市場であることに気が付いた。そこで出てきたのが、東九州メディカルバレー構想である。大分県は、医療機器生産額で全国ランキング7位の地位を占めている。とりわけ注目される世界的な企業は、旭化成メディカルであり、人工腎臓では国内トップ、世界においてもナンバー2のグループに位置している。この大分県が宮崎県と組んで、東九州地域に医療産業拠点を作ろうということになった」(丸井氏)
東九州メディカルバレーは、大分および宮崎の医療関連産業、そして半導体産業、さらには大分大学、宮崎大学、立命館アジア太平洋大学などの学を巻き込んで、国内有数の医療メディカルバレーを形成していくという運動論である。大分県医療ロボット・機器産業協議会と、宮崎県医療機器産業研究会がコアとなって立ち上げており、現在、158社がこの壮大なプロジェクトに参加しているというから驚きだ。
「私の方針は、ひたすら明るく行きたいということだ。稀代の楽天家とも言われている。笑う門に福来る、がキーワードであり、ある意味では、ラッキーボーイであり、ムードメーカーであることを自認している。やるだけやったら何とかなるさ、というテキトウ男でもある」(丸井氏)
丸井氏は、まさに大分県下における快男児と言ってもよいだろう。筆者が丸井氏と知り合ったのは、STKテクノロジーの役員時代であったが、「何と明るい男だろう。そして、物事を深く考えないところが自分と同期している」と思ったものだ。
さて、東九州メディカルバレー構想の10周年を記念した推進大会が2020年10月23日(金)・24日(土)に開催される。場所は、ホテル日航大分のオアシスタワー。基調講演は何と、超有名人物のCYBERDYNE(株)の代表取締役社長である山海嘉之氏である。同時開催で10周年企画の展示会も行われるのだから、大いに注目するイベントであると言えるだろう。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。