電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第24回

芥川龍之介全集12巻はなんと3000円で売られている!!


~インテリ(知識層)が不足するこのニッポンの現状~

2012/12/28

 「暮れの中山は荒れるんだぜ」という競馬ファンの言葉を思い出して、久方ぶりに寒風吹きすさぶ中山競馬場に出かけてみた。不景気風が収まらない中にあっても、中山の賑わいは大変なものであった。

 女の子ではないが、衣装は心のありかたを変えてしまう、と筆者は固く信じている。であるがゆえに、競馬場にいくときには、20年前のすりきれて、いささかにおいを放つジャンパー、汚い作業ズボン(ジャージのこともある)という衣装で、黄ばんだタオルを鉢巻代わりに頭に巻き、観戦するというのが正しい。ワンカップ大関を片手に、イカの燻製を口にほおばり、綺麗なお姉さまに向かって「ようよう、ねぇちゃんよう、一緒に飲まねえかい」と声をかけるが、もちろん軽蔑のまなざしで一瞥されるだけだ。レースが始まれば、「そのままー」「まくれ、まくれ」「よしそこだ、このやろう」などと絶叫していると、まるで人格が変わってしまったようで実に楽しいのだ。

 結果といえば、当然のことながら大ハズレであり、おケラとなり、とぼとぼと帰路についたのだ。このまま帰るのも癪だと思い、京成八幡駅で降りて自棄酒でもあおろうとも思ったが、ふと気を変えて脚本家の水木洋子の記念館に行ってみた。水木洋子は「また逢う日まで」「ひめゆりの塔」「浮雲」などの名作映画の脚本を書いたことで知られる。たまにはこうした文化のにおいのするところに来ないとダメなのね、と思いながら八幡駅前に戻って古本屋に入ってみた。少しく本を物色していたところ、唖然とした。

 なんと芥川龍之介全集(岩波書店刊、全12巻)が3000円で売られていたのだ。今日にあって芥川賞受賞者に対し、若い女の子までがキャーキャー騒ぎ、メディアまではやし立てるというのに、当の芥川龍之介のお値段はたったの3000円なのだ。深くため息をついて、「ああ、もうこの国にインテリ(知識層)は極端に少なくなってしまったのね」と思わざるを得なかった。

 それはさておき、日本の電機業界の2012年はまさに惨憺たるものであった。パナソニックが2年連続で大赤字を出し、そのトータル赤字額はなんと1兆5000億円を超えてきた。エルピーダメモリは経営破綻し、マイクロンに買収されてしまった。シャープも、ルネサスも経営危機が続いている。この1年間で電機業界のリストラ人員は、なんと13万人に達するのだ。日本の電機産業始まって以来の未曾有のクライシス、に揺れた年といっていいだろう。

 あるときに、講演が終わった後で、女子大生らしき人にこう聞かれたことがある。「ITは成熟化し、パソコン、テレビ、ケータイの3大製品も限界成長率を超えてきたゆえに、もはやかつてのようなカリスマ成長率は期待できない」という趣旨の筆者の講演に対し、かの女性はこう質問したのだ。

 「東大、京大、東北大などの一流大学を出た人たちが数多くいる電機産業大手にあって、こうした状況を認識しながら、なぜやみくもな作戦を立て、過剰投資に踏み切り、市場の読み方を誤ったのですか。インテリの方がいっぱいいらっしゃるのにおかしいですね」

 実のところ筆者はこの質問に対し、正確な返答をできなかった。それはこの女性の質問は正しいと思い、心の中で同調したからであり、返す言葉がなかったからだ。しかして思うことは、わが国が惨敗した太平洋戦争もまたインテリ層が戦さを主導したというのに、ひどい結果になってしまったのだ。頭がいいとか、悪いとかとは別の回路や生態系でこの世の中は動いているのかもしれない。今回の選挙における民主党の大敗ぶりを見れば、オセロゲームのようにころころと変わる民意の中で、これが正しいという施策を出すことがいかに難しいか、と思えてならない。

 それにしても、筆者がまだ子供のころには名曲喫茶というものがあり、本を読みながらモーツァルトやチャイコフスキーを聞き、思索にふける大学生の姿が良くみられたものだ。また、酒場では安焼酎をあおりながら、ニーチェ、サルトル、ボーヴォワールの論評で口角泡を飛ばして議論する学生やインテリらしき人たちの群れがあった。「婚前交渉は是か、否か」という議論をしていて、興奮した男が友人らしき男の頭をぶん殴っている風景に出くわしたこともある。読者の方は、子供のくせに何でそんな風景を見ることができたのか、という疑問をお持ちであろうが、筆者の実家は蕎麦屋であり、子供のころから店を手伝っていたがゆえに見られた風景なのだ。

 さて、大晦日は筆者の本家筋にあたる蕎麦屋である横浜橋の江戸藤に出かけて、板わさと天ぷらを肴にそば焼酎を飲み、晦日そばをたぐりながら、人生の悲哀(卑猥ではない)について深く考えてみよう。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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