電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
新聞情報紙のご案内・ご購読 書籍のご案内・ご購入 セミナー/イベントのご案内 広告のご案内
第14回

日本経済はいまや自動車の一本足打法で生きている


~しかしてシェールガス登場でゆらぐ得意技~

2012/10/19

日本の得意技「環境車」には多くの半導体/電子部品が使われている
日本の得意技「環境車」には多くの
半導体/電子部品が使われている
 「何しろ、国内製造業出荷額の20%以上が自動車製造業なのだ。ほんの少し前までは、電機産業がもうひとつの柱として日本経済を引っ張っていたが、いまや家電/半導体などは大きく後退した。日本経済は自動車産業という一本足打法で戦っているといえよう」

 筆者が親しくしている証券カンパニーの名物アナリストが放った言葉である。たしかに、日本の戦後経済は右ウィングが自動車、左ウィングが電機産業という陣形で戦ってきた。この二面作戦は見事に功を奏し、80年代後半には世界チャンピオンの米国をあわや抜き去るかもしれない、という凄さを見せつけた。今の若い人たちはバブル絶頂期を知らないだろうから、一言付け加えておけば、その頃バリバリの超高級スーツに身をかためたスーパーサラリーマンの男達は、口々に吠えるようにこう言っていた。
 「まぁ、見ていろ。米国のマンハッタンのメインストリートにある店は、すべて我々日本勢が札束でビンタして、買収してみせるからな」
 「アメリカに学ぶものなどもう何もない。我々は技術においても金融においてもすべてを陵駕した」
 「入社するかどうかを、決めてやるのはこちら側の特権。勤める企業などはよりどりみどり、黄緑、黄色。この自分に入社してもらいたいならば、100万円の支度金でも持って来い」

 同じようにバブル全盛期の街をワンレン・ボディコンで闊歩していた女達は、生意気にもこうほざいていた。
 「わたしを口説くなら新宿センチュリーハイアットの最上階のバーで、バレンタインの30年モノのウイスキーを飲ませることね。ついでに、スーパースイートルームを取ってくれれば、朝まで一緒にいてあげるかもね」

 ああ、今となっては夢物語。バブルが崩壊してからの20年あまり、思えば我が国ニッポンは後退に次ぐ後退を余儀なくされた。しかしながら、輸出の両輪である自動車と半導体だけは健全な水準を保ってきた。少なくとも、ほんの数年前までは半導体産業は離されているとはいえ、米国に次ぐ二番手であったが、ここにきて一気に凋落した。大手30社生産額で言えば、かつて7兆円もあったものが、ついに4兆5000億円まで後退するに至った(2011年段階)。

 しかして、もう一方の柱である自動車産業は80~90年代の厳しい時期に着々と力をつけていた。2000年代に入るとその強さは際立つようになり、世界最強の自動車産業はニッポン、という定評をも生み出した。その武器は何と言っても低燃費で走る省エネルギー性の追求にあった。これを実現するためのインバーター技術、パワーコントロール技術、さらには軽量の新素材などの技術を徹底的に磨き上げ、世界の頂点に立ったのだ。重くて、デカくて、ひたすらガソリンを使いまくる米国車は一気に凋落し、ゼネラルモーターズ社が一時期経営破たんするという状況を生み出した。

 この低成長時代にあって、日本経済における自動車産業の位置付けはさらに重くなってきた。まさに日本経済の牽引産業であり、日本全体の製造出荷額336兆円(平成20年工業統計=経済産業省)のうち、20%以上が自動車製造業である。また、サービスなどを含めた自動車関連産業に従事する就業人口は約1割を占めており、実に515万人がその分野で雇用されている。全産業平均の生産波及効果は2.0ポイントであるが、乗用車は3.08ポイントとずば抜けて高く、まさに自動車なくして日本経済は成り立たない。

 ところが、シェールガスの登場で日本の得意技が揺らごうとしている。つまりは、省エネルギー・低燃費、さらにはCO2排出が少ない環境性が日本車の最大の武器であるが、これを必要としない状況が生まれたら、どうなるだろうか。

 「何しろ、石油をベースとするガソリンは極端に言えば、ほんの20~30年でなくなると言われていたから、ひたすら省エネルギーに邁進する風潮が自動車業界にはあった。しかしながら、埋蔵量がとんでもないと言われており、コストが石油の10円よりはるかに安い6円というシェールガスの登場はこの風潮に歯止めをかける。いくらジャバジャバ使っても豊富な量を産出するシェールガスは枯れることは当分ない。それなら、燃費の悪いアメリカの車でも十分に良いのだ」
 国内の自動車関係者はかなり暗い顔でこう打ち明ける。シェールガスは液化された天然ガスの一種として、自動車業界には供給されるだろう。安さという点はすべてを飲み込んでしまう。現在においても、日本全国を走るタクシーはガソリンを使っていない。すべて液化天然ガスで動いており、その最大の理由は低コストであるからだ。

 ただ、いくらシェールガスが液化して大量にふんだんに使えるとは言え、地球温暖化防止、グリーンな省エネルギー社会の実現は世界的な指標となっている。それゆえに、日本勢が持つ省エネ技術が枯れてしまうとは思えない。実際のところ、ガソリン車でハイブリッドという技術を追求してきた国内の自動車メーカーはここにきて、シェールガスハイブリッド車の開発を加速している。そして同時に、徹底的な低コストで環境車を作るという技術開発をさらに向上させるべく全力を挙げている。シェールガスの影響はあるものの、このことで日本のお家芸ともいうべき自動車産業が衰退していくとはとても思えない。


泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
サイト内検索