エイブリック(株)は、2016年にセイコーインスツルから半導体事業が独立し、SIIセミコンダクタとして発足した。その後、18年に主要株主が日本政策投資銀行に移行したことを機に、現在のエイブリック(ABLIC)へ社名を変更した。そして、この4月からはミネベアミツミ(株)の完全子会社となり、グループの一翼を担っていく。代表取締役社長兼CEOの石合信正氏に事業戦略や市況などについて伺った。
―― 19年度の総括とコロナの影響についてお聞かせ下さい。
石合 19年度は当社にとって、まさに荒波にもまれたような年だった。前年度から続く米中貿易摩擦に加え、6月には香港デモの大規模化、7月からは日韓貿易摩擦、9~10月は台風被害に見舞われ、年が明けて1月には台湾総統選挙やBrexit問題などがあり、年度末に向けてコロナ禍が進行していった。
しかし、当社は変化に強い体質だ。全社員が一丸となって計画達成に尽力したことで、全四半期を通して全拠点で営業目標を達成することができた。まさに、「スクラムトライ」に成功した、と言えるだろう。
実勢レートでの売上高は306億円、営業利益は40.2億円となった。計画値では、為替レートを1ドル=105円で設定しているが、営業利益34.5億円と目標数値を達成し、かつ前年度を上回ることができた。
―― 足元の状況については。
石合 第1四半期(4~6月)からコロナ禍の影響が色濃くなり始めたが、製品によって好不調がある状況だ。地域別では、貿易摩擦の影響が強い中国向けが落ち込んだ。
一方で、製品分野でみると、医療診断ICやノートPC/タブレット/ウエアラブル向け電池保護ICは好調だ。もともと需要が伸びていたところに、コロナ禍の巣ごもり需要で上乗せされたためだ。さらに、データセンターや5G通信向けは引き続き好調で、EEPROMが伸びている。同四半期は全体的に厳しい状況が続いたが、当社にとっては収益性の高い製品分野が伸びており、6月単月は計画値を達成した。
第3四半期以降は、車載向けの需要も戻ってくる動きが見えている。
―― 20年度の計画は。
石合 今年度は「俊敏かつ勇敢に!」をスローガンに、ミネベアミツミとの統合効果を活かして19年度実績超えを目指す。
具体的には、6つの項目に重点的に取り組んでいく。①CSR、SHE(安全衛生環境)の徹底、②市場と経営資源の選択と集中、③徹底した収益の拡大、④高品質&安定生産を堅持、⑤働き方改革を起点とする聖域なき業務革新、⑥改革者の促成だ。
―― ②について具体的に。
石合 国内では車載向けに集中し、欧米市場をターゲットとしたグローバル展開の強化、新製品とクリーンブースト(CB)の拡販に注力していく。当社の売上高に占める海外比率は7割に上るが、アジア地域がメーン市場だ。欧米市場の開拓に注力するため、昨年度から代理店の見直しや直販体制などを構築してきた。今後はさらに、ミネベアミツミの欧米での営業・販売網を活用できる強みが得られたと考えている。
CBは当社ならではの技術であり、「エイブリック=CB」というブランド戦略を進めている。CBは、18年にエイブリックとして出発する際に、将来の面白い種になる技術として社内で探し出したものだ。
19年に米カリフォルニア州で開催された「IEEE S3S Conference」において技術論文を発表し、①社会貢献ができ、②技術的に差別化ができており、③実際に世に出ている技術という点が評価され、「Best Paper Award」を受賞している。
―― 営業活動の意識改革も進めています。
石合 付加価値戦略を進めている。例えば、当社のデバイスを使った結果、お客様のデバイスで機能が生み出されるが、この機能を生み出すことに対して価格がいくらになるか、という営業マインドに切り替えてきた。これは営業だけでなく、全社員に浸透させている。単純にモノを1個1個売るのではなく、価値を見つけて売っていくという戦略だ。また、エンドマーケットの動きを追うことで、お客様が伸びると見ている製品市場を、ロジカルに分析する活動もしている。これは調査会社と共同で動いている。
―― 社内向けの取り組みにも注力されていますね。
石合 今年度は、コロナ禍で入社式も直接行えなかった。このため新入社員とは1人30分以上のリモート面談を実施し、現状や今後の方向性などについて話し合い、コロナ禍で不安になりがちな点のフォローアップに努めた。
また、8月からは「次次世代」のリーダーを育成するプロジェクトに取り組んでいる。これは、自薦・他薦を問わず、やる気のある人物に対し、社長直轄の組織で将来の「出る釘」を育成していく試みだ。
このほか、外部の調査会社による社内のストレスチェックやハラスメントチェックを実施している。働きがいのある会社調査では、95%以上の回答率で、調査結果も数値で目に見えるかたちで公表し、風通しの良い組織づくりのための施策を継続している。製品だけでなく、当社のブランド価値を付加し、多くの人々に認知していただける企業に成長させていきたい。
(聞き手・澤登美英子記者)
(本紙2020年9月3日号1面 掲載)