「IoT時代を迎えて、人々はモノを所有しなくなる。自動車においてもそれは当然のことであり、ライドシェアというビジネスモデルが急拡大する。車は買うものではなく、シェアしてローコストで乗るもの、という意識が世界中に蔓延していくだろう」
ほんのちょっと前まで、自動車関連のアナリストたちは鼻を膨らませてかなり自慢げにこう語っていた。ところがどっこい、世界に吹き荒れる新型コロナウイルスのすさまじい感染拡大は、このライドシェアというビジネスを直撃したのである。外出制限で旅客需要は80%以上消滅した。そしてまた、新型コロナの感染リスクを恐れる人たちは、ライドシェアで知らない人と一緒に車内にいるのはいやだ、という感情を露わにし始めた。
その結果として、米国のライドシェアの2強であるウーバーとリフトは、あっという間に落ち込んだ。3月下旬以降、ウーバーではライドシェアの予約数が通常に比べ7~8割は減ったと見られている。そして、世界の従業員数の14%にあたる3700人を削減することを明らかにした。競合するリフトも17%の従業員の一時解雇を断行した。ライドシェアという時ならぬブームがコロナ一発で一気に崩れるのであるからして、何と恐ろしいことだろう、と言えるのだ。
それはともかく、筆者はもともと、自動車はシェアするものではないと思っている。よく考えてみよう。米国や中国の大金持ちたちの誇りは、どでかい高級車を乗り回し、ガソリンをガンガン使うことにあるのだ。それがダメならテスラを買う、といった感じだ。すなわち、世界すべてを見渡しても、車を所有しているということは、その人のステータスを意味する。それゆえに、車はシェア一方に向かっていき、台数は増えないという主張に対し、筆者は真向から反対の意見を持っている。
そしてまた、車の普及率が問題なのだ。先進国ではとんでもない普及率になっているが、人口13億人の大国である中国の自家用車保有台数は2億台を超えてきているものの、いまだ圧倒的多数が車を持っていない。やがて中国を上回る14億人になると言われるインドに至っては、論外と言われるほどの微々たる車の保有台数なのだ。さらにインドネシアの2億5000万人を加えてみれば、自動車が本当に爆発的に普及するのはこれからなのである。そこがスマホと違うところであり、これを間違えればとんでもない予想をすることになる。
さて、コロナ禍に苦しむなかにあって、日本の自動車企業は果敢にも積極的な設備投資を表明し始めた。2020年1~6月期で世界首位を奪還したトヨタ自動車は、中国天津に1300億円を投じて新工場を建設すると言ってのけた。生産能力は年間20万台程度であり、自社開発のEV、さらにはプラグインハイブリッド車なども量産すると思われる。
また、提携する中国BYDのEVも生産すると思われる。この発表は3月2日であり、このころは武漢で新型コロナウイルスが一気に蔓延している時期であったが、トヨタはあえて新工場建設の一大アドバルーンを上げたのだ。これはまた、世界の製造業に対し「コロナに負けるな。いくぞニッポン」という気概を示したとも言えるわけであり、その意気や良し、と評価したいところだ。
インドに強いスズキはミャンマーにも
新工場を計画(スズキのランディ)
インドで圧倒的なシェアを持っているスズキもまた、果敢な投資計画を発表した。ミャンマーの四輪生産の販売子会社であるスズキティラワモーター社が120億円を投じ、ヤンゴン市南東のティラワ経済特区の工業団地内に新工場を建設すると発表したのだ。引き続き拡大が見込まれるミャンマー自動車市場の需要に応える。2021年9月に稼働を開始する予定で、年産能力は4万台。規模は敷地20万m²、建屋4万2000m²となる予定だ。
ちなみに、ミャンマーにおけるスズキの歴史は古く、1998年設立の合弁会社で99年から二輪車・四輪車の現地生産を開始している。19年度の生産台数は1万3300台となっており、新車販売のシェアは60.3%にも達している。
スバルは、国内で大型投資に踏み切る。約300億円を投じて主力生産拠点である群馬製作所(群馬県太田市)の敷地内に新たな研究開発施設を作る。既存の研究施設と合わせ、延べ床面積で現在の2.2倍の4万5000m²に拡張する。
スバルは2月にトヨタ自動車のグループ会社になっている。EV(電気自動車)などは、トヨタの技術を活用する一方、自動運転などの技術は独自に高めて、次世代車の開発競争を勝ち抜く考えだ。現在3000人いる技術者の増員も検討する。また、隣接する5万9000m²の土地を新たに取得し、走行試験場も新設する。
世界すべての消費が低迷し、外出が自粛されている状況下にあって、トヨタ、スズキ、スバルの積極果敢な投資計画は、日本のモノづくりが決してトーンダウンしていないことを世界に表明したことになる。確かに、自動車業界を取り巻く状況は厳しさを増すばかりである。今は行き先も見えない闇の中にいるのかもしれない。しかして、「夜明け前が一番暗い」という事実は、決して否定できないのだ。
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。35年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社 社長。著書には『自動車世界戦争』、『日・米・中IoT最終戦争』、(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)、『君はニッポン100年企業の底力を見たか!!』(産業タイムズ社)など27冊がある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。