電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第381回

ソニー(株) R&Dセンター Distinguished Engineer 武川洋氏


13gのディスプレーモジュール開発
ホログラム技術で薄さと高い光透過実現

2020/7/3

ソニー(株) R&Dセンター Distinguished Engineer 武川洋氏
 ソニー(株)では、ユーザーが簡便にスマートグラス化できるホログラム導光板ディスプレーモジュール「SED-100A」の展開を2018年から開始した。重さはわずか13gで、厚さ1mmのガラス導光板に、文字や画像を映すことができる。開発経緯や特徴、今後の展開などについて、R&Dセンター Distinguished Engineerの武川洋氏に伺った。

―― まずは製品開発の経緯からお願いします。
 武川 当社では、早くからヘッドマウントディスプレーの研究開発に着手し、1996年に最初の製品を発売した。1mm程度の薄い板に文字や画像を映し出す研究は04年から開始している。12年に眼鏡タイプのスマートグラスの製品展開を米国で行い、米シネコンチェーンのリーガルシネマで聴覚障がい者向けの字幕表示用途に採用された。これがAR分野へ参入するきっかけとなった。
 15年に開発者向けの限定製品として、SE-100Aと同様のディスプレー技術を使った眼鏡タイプ「SmartEyeglass」を国内外で提供を開始した。この時のリサーチの結果、現在のコンポーネントを提供する事業形態に舵を切った。コンシューマー向けでのニーズがわずかであったのに対し、工場や倉庫で使用したいというBtoBでのニーズが圧倒的に多かったため、当社が得意とするコンポーネント開発や製造に集中することにした。ディスプレーモジュールを提供する方が、ユーザーが個々のニーズに合わせやすいためだ。

―― 採用事例について。
 武川 現在は日本、欧州、北米、韓国、中国でSED-100Aの実証実験を行っている。このうち、日本では山本光学様、イタリアではUnivet様が製品展開を始めている。他の地域でも今後随時、製品化される見込みだ。
 具体的な使用例としては、山本光学様が、顔に装着する保護グラスや軽量フレームにモジュールを搭載した「Versatile(バーサタイル)」を展開している。バーサタイルは、聴覚障がい者の方の工場内での機械操作手順案内やコミュニケーション支援として採用が始まっているほか、堺市民芸術文化ホールでは文楽などの作品説明を表示するために採用されている。

―― モジュール構成について。
 武川 LED光源、マイクロディスプレー、コリメーターレンズとディスプレードライバーICで構成される光学エンジン部分と、画像を投影するガラス回折導光板(ホログラム導光板)の2つからなる。
 光学エンジンのサイズは、レンズからディスプレーまでが約10mm、ディスプレーからLEDまでが約15mmで、全体で25mm程度の大きさを実現した。最大輝度は2000nitと屋外でも使用可能で、光透過率は85%以上、視野角20度、虚像距離は5~8mといったスペックだ。

―― 軽さ、薄さ、外光透過率を追求したモジュールですね。製品の特徴を。
 武川 マイクロディスプレーは、小型の高温ポリシリコン(HTPS)透過型液晶パネルを使用し、高い光利用効率、すなわち低消費電力化に寄与させている。階調は8ビットを確保し、文字だけでなく、人物の顔などもはっきりと識別できる。
 レンズはプリズム型にしたことで、通常の丸レンズを使用するよりも、モジュールの長さを短くすることに成功している。光源には緑色の単色LEDを採用した。当初はオレンジ色だったが、ユーザーのご要望により、人間の目が認識しやすい緑色にした。

―― 独自のホログラム導光板について。
 武川 映像を投影するホログラム導光板は、厚さ1mmのガラス板だ。一般的に、入射した映像を導光板に反射させるにはハーフミラーを用いることが多いが、画角20度の場合、導光板の厚さが10mmほどになってしまううえに、光透過率も半減してしまう。そこで、独自のホログラム光学素子を開発し、それを導光板に搭載することで、薄さを損なわないようにした。映像の入射と出射部分に、フォトポリマー材料で形成したホログラム光学素子を搭載している。
 この光学素子は、UV硬化樹脂のような材料に、レーザーで干渉縞を形成している。薄さを担保するだけでなく、干渉縞の作り方によって特定の光の波長のみに反応させることが可能で、高い外光透過率を実現できることも利点だ。

―― 生産体制と今後の製品開発について。
 武川 製品設計、ホログラム導光板の製造、HTPSディスプレーの製造、モジュール組立を自社で手がけている。ホログラム光学素子の製造は非常に難しく、レーザーでサブミクロンピッチの干渉縞を刻む必要がある。この生産ノウハウは当社のアドバンテージだ。ホログラム導光板の製造は国内製造拠点で、透過型ディスプレーは熊本サイトで、組立は海外拠点で行っている。
 開発については、ガラス導光板の樹脂化と、ディスプレーのフルカラー化に着手している。導光板の樹脂化は、軽いだけでなく、割れにくいという利点がある。

―― 薄く、軽く、ということが使命のデバイスです。開発を進めるうえで部材などへの要望はありますか。
 武川 現状のガラス板を超えることは難しいかもしれないが、広画角化に寄与する要因として、導光板向けに高屈折率な樹脂ができるのを期待したい。このほか、光学素子に用いるフォトポリマーの屈折率変調度の増加ができれば、さらなる高効率化が図れると考えている。

―― 有機ELやマイクロLEDなど、HTPS以外のディスプレーの採用については。
 武川 有機ELも検討視野にあるが、モジュールとして2000nitの高輝度を出すことが難しい。モジュール化すると、光源のもともとの光量が光学エンジンや導光板を通ることで減少してしまうからだ。我々の製品は、薄型・軽量に加えて高輝度も特徴としているため、有機ELはさらなる高輝度化に期待したい。
 また、マイクロLEDについては、高輝度のポテンシャルは高いものの、実用化され普及価格になるのはまだまだ先だ。当面は、現状の透過型HTPSとLED光源の組み合わせがベストだと見ている。


(聞き手・澤登美英子記者)
(本紙2020年7月2日号6面 掲載)

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