「最高レベルのバンドを作り上げたが、思いはかなわなかった。音楽活動を止めて、ものづくりの道を目指した。まさに徒手空拳であり、切削加工ひとつできなかった。しかし、今語れることは、4年間で売り上げを40倍にしたドラマであり、その真っ只中に自分はいたのだ」
9月20日に開催された岡山県異業種交流プラザ協議会の特別セミナーにおいて、バルミューダ(東京都武蔵野市)の代表取締役社長である寺尾玄氏は静かにこう語り始めた。
寺尾氏は1973年生まれで、17歳のときに高校を中退し、スペイン、イタリア、モロッコなど地中海沿いの放浪の旅をする。帰国後、音楽活動を開始し、大手レーベルとの契約や破棄などの経験を経て、一心不乱にバンド活動に専念していく。2001年に最高レベルのバンドは作れた。しかしこれでは食べられない、との思いから、愛してやまないバンドを解散し、ものづくりの方向に転換するのだ。
「東京駅前のパチスロでバイトをしながら、毎日東急ハンズに通ってユニークな製品を観察した。電話帳を頼りに素材や加工を行う町工場を50以上も訪ね歩いた。しかし、金髪でジャージのお兄さんはまったく相手にされなかった。あるとき、ひとつの会社が、そんなに作ってみたいなら機械を貸してあげよう、動かし方も教えてあげよう、と言ってくれた。ここからすべてが始まった。ヤスリのかけ方、ボール盤やフライス盤の動かし方を覚えた。親戚中を駆け回り、お金を借り、とにもかくにも、たった一人でもの作りに踏み出した」(寺尾社長)
最初の製品は、厚さ8mmのアルミニウムプレートに大型ヒートシンクをフローティングマウントしたPCの冷却製品であった。その後、白色パワーLEDをいち早く採用したインテリア向けのデスクライトを開発し軌道に乗る。600~700台が売れたが、ハンドメイドで1台の製作に2時間はかかってしまうことがネックであった。そうしてある日突然、リーマンショックが訪れた。同社が作る製品は高額商品なので、あっという間に売れなくなってしまったのだ。4年前の段階で、売り上げは3人で4500万円、赤字は1000万円、借金は3000万円に膨れ上がり、もう少しで倒産というところまで追い詰められたのだ。
どん底まで来たこの時に寺尾氏は、考えに考えた。これまではカッコいい物を作ろうと思った。しかし、なぜ売れないのか。8万円もするライトは人々には必要ないからだ。決してリーマンショックのせいではない。もっと多くの人に使ってもらうものを作りたい。このことに思いついた寺尾氏は、「風」という概念にたどり着く。扇風機という製品は、2000円を切る安物ばかりで、国産の高額タイプであってもせいぜいが5000円から6000円。どんな家電製品でも高価格帯の高品質品があるのに、扇風機にはまったくない。ここに隙間があると寺尾氏は考えたのだ。
「自然界のようなそよ風は、どうやれば作れるのかと真剣に考えた。あるときに、町工場の職人を訪ねたときに、なんと扇風機を壁に向けていた。そのはね返った風で涼んでいたのだ。扇風機から直接出される渦成分の風が、壁にぶつかって体にやさしくなっている」(寺尾社長)
その後、テレビ放送で30人31脚という番組を見ていた。これは小学生の二人三脚で大人数で競争するものであるが、遅い子と速い子がいるとまっすぐ進めない。ここから寺尾氏は、さすがに元ミュージシャンという発想でジャンプする。2重構造の羽根を作ればいいと考えたのだ。流体は常にバランスを取ろうとする。そこで内側の羽根の風速を遅くし、外側の羽は倍の風速とすることで、外の風は内側に寄せられていく。2つの風がぶつかり合うことで渦成分が壊れ、体に自然なそよ風のようなすばらしい風が生まれたのだ。こうして開発されたのが、「GreenFan」という2重の羽構造を持つ革新的な扇風機であった。この扇風機は優しい風を生み出すだけではなく、従来の扇風機の消費電力(30Wから50W)に対し、驚異的な3Wという省エネ性を発揮することになる。
発表するやいなやあっという間に1万2000台を売り切った。2010年には売り上げ2億5000万円に押し上げ、2011年度は8億5000万円、2012年度は16億円以上が確実な見込みだ。まさに4年で売り上げを40倍にするという、ミラクルなドラマが現実のステージとなったのだ。
「何かを表現したいということがすべての原点であった。いまやギターはドライバーに替わった。それでも演じているステージは変わらない。今いる30人のメンバーは俺が作った最高のバンドだ。ところで、この画期的な扇風機には2つの重要な部品が使われている。ひとつはDCブラシレスモーターであり、もうひとつはルネサスのマイコンだ。これがすばらしい」(寺尾社長)
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泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。