電子デバイス産業新聞(旧半導体産業新聞)
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第5回

半導体は世界の何を変えたのか


~決定的なのは「生活文化」と「愛のかたち」だ!!~

2012/8/17

 新聞記者はウソつきだ、あてにならない、と2回前のコラムで書いたことがあった。その代表的なことは、1948年(昭和23年)6月30日のトランジスタ発明の一般公開である。

 その前の年の12月23日に米国ベル研究所において、トランジスタの動作原理が確認された。ゲルマニウム内部を通過して成立する2つの回路の一方が、他方の抵抗を変えるという意味でのトランス・レジスタを縮めてトランジスタと命名された。これが半導体産業の事実上の始まりであり、この発見が100年から200年に1回というとんでもないことであったことは、今日に生きる私たちはよく知っている。

 ところが、である。このトランジスタ公開の日に、一般紙や専門誌の記者も大勢押しかけた。様々な分野の研究者が大いに興奮し、ディープインパクトだよね、などといって深いため息をついていた。しかしながら、一般マスコミはその重大性に気づくことはまったくなく、実際のところ、この世紀の発見はまったくといっていいほど記事にならなかった。わずかに、ニューヨークタイムズだけがこの発表を扱ったが、実に惨めなくらいの小さな扱いであったのだ。

 同時代性をとらえることの難しさは、筆者も記者であるから良く分かる。恥を忍んでいえば、筆者の駆け出しのころにソニーのウォークマンが発表され、そのニュースリリースを受け取ったものの、記事にはしなかった。産業タイムズだけではない。多くの新聞社がこの時代を変えた製品であるウォークマンの記事を書かなかった。書いても小さな扱いであった。「スピーカーのついていないオーディオなど絶対に売れない」という先入観が多くの記者たちにあったのだ。

 その後のウォークマン(現在はフラッシュメモリー搭載の超小型音楽プレーヤーに変身)の進展を見るたびに苦々しい思いがこみ上げてくる。なぜ書かなかったのか。書けなかったのか。いつもいつも反省している。先頃もつぶやきシローのように、若い記者の前でこの失敗談をぐずぐずとつぶやいていたら、「反省だけなら、サルでもできる」と、軽くいなされてしまった。

 それはさておき、米国ベル研で誕生したトランジスタは、集積度を飛躍的に上げていき、IC、LSIへとバージョンアップしていく。太平洋戦争が終わった3年後には、ほとんどゼロであった半導体産業は、この世紀の発見であるトランジスタを初弾として爆発的な発展をとげる。今日では、世界市場25兆円と巨大化したが、トランジスタ発見にたずさわったウィリアム・ショックレー、バーディーン、ブラッテンの3名の博士は、もし生存していたら「アンビリーバブルだよん!!」と叫んだことだろう。

 半導体は電子機器の心臓部分を構成するが、一般の人たちにとっては遠い存在だ。すべては内製されているわけで、表には出てこない陰の主役なのだ。筆者は、東北大学や早稲田大学などで講座を持つことが多く、時々若い学生諸君にロングの講義を行うことがある。文系の学生に話すときには、銅のように電気をよく通す導体、陶磁器のように電気を通さない絶縁体、この2つの中間性質を持つものを表し、半/導体と呼ばれるのだと説明してきた。もう少し正確に言えば、物質によって電気の流れやすさが異なるのは、その物質の抵抗の大きさに関係しているからであり、抵抗が大きくなれば電気は流れにくくなる。抵抗が小さければ電気は流れやすくなる。この抵抗の大小によって、導体、半導体、絶縁体に分かれる、というのが正しいだろう。

 トランジスタ誕生以来、64年の歳月が経過したが、半導体は実に様々なドラマを生み出した。古くは、トランジスタラジオ、カラーテレビ、電卓、オーディオなどを登場させた。さらには、パソコン、CD、DVD、カーナビ、デジタルカメラなど新しい時代を切り開くハードの開発を実現させてきた。現在はまさにネット黄金時代を迎え、スマートフォン、タブレットなどによるクラウドコンピューティング革命の幕が本格的に切って落とされつつあるといえよう。

 半導体は一体、私たちの何を変えたのか、という質問を多くのインタビューで試みたことがある。ある人は、ゲーム機を例にあげ、これまでのトランプ、コミックなどを主役にした子供たちの生活文化を決定的に変えた、とコメントする。ケータイ、プリクラなどの登場で女子高生文化が変わった、という人もいた。アラフォー世代の美しいお姉さまにこの質問をぶつけたところ、「愛のかたち」を変えたのよ、という答えが返ってきた。

 恋文(つまりはラブレター)を便箋に書くときの手の震え、何回も読み直して訂正するときの胸のときめき、のりで封印し切手を貼って投函するときに思い浮かべる、いとしき人の面影などを過去のものにしてしまったのは、半導体が実現した電子メールなのだ。そしてまた、雨のそぼ降る渋谷駅の片隅で、じっと女の人を待ち続けても来ないときの情けなくもモテない男の涙、というドラマも消してしまった。

 だいたいが、電子メールの時代にあっては、逢いたくても逢えないというすれ違いのドラマが存在しない。おじさん記者はこうした状況を、ロマンチックじゃないなぁーと慨嘆しながら、今日も神田の焼き鳥屋の一角で角ハイボールをあおっている。
半導体は導体と絶縁体の中間の物質
『これが半導体の全貌だ!』(かんき出版、泉谷渉著)15ページより引用



泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
神奈川県横浜市出身。中央大学法学部政治学科卒業。30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)など19冊がある。日本半導体ベンチャー協会会長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
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